【第1回】マハラジャのVIPルームから
甘糟りり子『バブル、盆に返らず』

ryomiyagi

2020/08/06

 年下の友人や若い仕事仲間にバブル時代のことをよく聞かれます。
「深夜のタクシーが争奪戦で、一万円札を頭上に掲げて拾ってたって本当ですか?」
「女性は、夜遊びに行く時、一切財布に手をかけなかったんでしょう?」
「ワンカットの撮影のためにスタッフ全員で海外に行ってたって、まさかですよね?」
 そうそう、それ全部ほんとのこと、なんて答えながら、なんだか私も不思議な気持ちになります。お伽話をしているのではないか、そんな錯覚を起こすのです。
 この際だから、記憶にあることを書いておこうと思います。日本にあんな時代は二度と来ないでしょうから。明日は今日よりもっとわくわくすることが待ち構えているに違いない、何の根拠もなくそう信じでいた、あの頃のあの雰囲気がなつかしい。
ナウい昔話するんで、イチゴを落としたシャンペンでも飲みながら読んでもらえたらうれしい、みたいな〜。

 

マハラジャ=麻布十番のイメージだが、じつは7店めにあたり、発祥の地は大阪・ミナミ。その後六本木プラザビル、2020年初頭に芋洗坂へと場所を移したが、フロアの熱気は変わらない。

 

 麻布十番にマハラジャが開業したのは1984年の年末。入場料は男性が4,000円、女性は3,500円だったと記憶している。令和の時代なら忘年会の会費でも高額だと文句が出そうな価格である。あの頃のマハラジャは、毎晩が大晦日のカウントダウンのようなにぎわいだった。

 

 何もかもが日常離れした空間。店内がそのままパーティ会場といったらいいだろうか。

 

 店側は入場の際のドレスコードを設けていた。ジーンズ、短パン、サンダルはNG。入り口ではドアマンが見張っていて、垢抜けない来客を「当店の雰囲気に合わない」という理由で追い返す。あからさまに差別することで客たちの優越感&劣等感をあおり、話題になった。今これをやったらすぐに炎上するだろうけれど、世の中じゅうが「もっと上に行きたい」「さらにいい思いをしたい」とわめいていた時代である。ちょっとした運や順番で、きっと自分にもその番が回ってくるとたいていの人が信じていた。だから、不平等がエンターテインメントとして成立した。

 

 麻布十番という不便な立地もマハラジャ人気に拍車をかけた。まだ大江戸線などなく、麻布十番に駅はなかった。最寄駅の六本木から徒歩で十分以上かかる。車で乗り付けるしかない。「わざわざ」感の演出になった。店のエントランスにガラス張りのコーナーがあって、そこには BMWが飾られていた。当時の若者の憧れのクルマだ。その後、「六本木のカローラ」などとからかわれるようになるなんて、まだ誰も知らない。

 

 マハーラージャとはサンスクリット語で「偉大なる王」との意だそうだが、麻布十番のマハラジャはその名の通り、インドの王宮をイメージさせる作りだった。柱やら手すりやらあちこちが金色で、とにかく装飾過多。洗練なんて概念がばかばかしくなるほどだった。

 

 従業員は紫やら黄色やら赤やらどぎつい原色で大きな肩パッドが入った制服を着用し、ブロンザーで顔をこげ茶に塗り、眉毛を太く描いていた。格上の支配人クラスだけが黒いタキシードだった。ディスコの従業員を「黒服」というのは、ここから始まったらしい。原色の制服を着た従業員は、酒を運ぶだけでなく、時には踊り、音楽に合わせて掛け声をかけ、大いなる舞台装置として機能していた。

 

 一階はレストラン、二階がダンスフロア。それまでディスコは「フリードリンク、フリーフード」が普通で、供される食べ物は空腹を満たすためだけのものがほとんどだった。マハラジャにはレストランのようなメニューがあって、それなりの、いやディスコのご飯としては上出来のものが食べられた。パスタやサラダ、チキンバスケット、手巻き寿司なんていうのもあった。一斤分の分厚いトーストにはちみつをかけた「はちみつトースト」は人気メニューだった。それにアイスクリームをかけたものもあった。

 

 飲食はチケット制。店内だけで通用するインド風の絵が描かれた「マハラジャ紙幣」があって、入場料を払うと何枚かそれを渡される。足りなくなったら、店内でその紙幣を買う。大きさも本物の紙幣とほぼ同じくらい。財布に現金よりマハラジャ紙幣がたくさん入っている人もよく見かけた。

 

 当時の私は大学二年だった。女友達と乃木坂のストロベリーファーム辺りで待ち合わせてから、タクシーでマハラジャに向かうこともよくあった。タクシーがマハラジャに近づくと、店の前には何組もの男性だけのグループがたむろしていて、不躾な視線をこちらに送ってくる。女だけかどうか確認しているのだ。タクシーを降りると、こんなふうに声をかけられた。
「入場料を払うから、一緒に入ってくれない?」

 

 マハラジャは男性同士では入場不可。だから、入店用のパートナーを探している。私と友達はすぐに返事はせず、もったいぶって顔を見合わせるのもお約束。それでも、男性はたたみかけてくる。
「頼むよ。店に入ったら、別行動でいいからさ」

 

 つまらなそうにワンレンの長い髪をかき上げるのが、若い女の子の流行りだった。上から目線で渋々了解する。

 

「まあ、それならいっかな。私たち、中で友達と待ち合わせてるんで」

 

 ドアの前では、こんなやりとりが毎晩繰り広げられていた。

 

 店内に入れば、本当に私たちは先に入っていた女の子たちと合流し、入場料を払ってくれた男性たちは他の女の子に声をかけ始めるのだった。払ってもらったことへの感謝も引け目もまったくない。システムのようなものだと思っていた。

 

 私たちの服装は、例えば、アルファ・キュービックのチェック柄のワンピース、コインベルトをじゃらじゃらと二、三本、シャルル・ジョルダンのハイヒール。例えば、ジュンコ・シマダの白いスーツ、大ぶりのイヤリング、ブティック・オーサキのパンプス。バッグは、通学の際のレノマのトートややルイ・ヴィトンのボストンではなく、カルロスファルチのポシェット。カラフルなヘビ皮のインパクトのあるバッグが気分を盛り上げてくれた。

 

 あの空間では派手な服装の若い女の子の集団はインテリアの一部だった。私たちはしゃべる観葉植物みたいなもの、なんとなくそんな自覚をしていた。観葉植物の定位置はDJブースの脇にある、背の高いスツールだ。他の客からよく見えるように。そこではしゃいでいると、しょっちゅう声をかけられる。

 

「どこから来たの?」
「大学はどこ?」
「何か、飲み物買ってきましょうか?」
「いい色だねえ。ハワイ?」(注*これは日焼けした肌について)
「ねえ、どこかで会ったことあるよね?」

 

 こんなフレーズがダンスミュージックの隙間から降ってくるのだった。

 

 時々、VIPルームからの伝言を黒服や原色の制服を着た従業員が届けてくることもあった。マハラジャのVIPルームはガラス張り。中にいる人たちは自分たちを見せつけるためにそこを利用する、私はそう思っていた。向こうからは、私たちは棚に並んだおもちゃみたいに見えるのだろう。

 

 ある夜、そこにいた俳優からの伝言が私たち四人に届けられた。伝書鳩係は紫色の制服を着た顔見知りだった。VIPルームには高そうなスーツを着たおじさまが数人、こちらに笑顔を向けている。

 

「これからシャンパンを開けるから、良かったら乾杯をご一緒に、とのことです」

 

 中年とはいえ人気ドラマにも出ていた俳優からの誘いに、さすがに一同のテンションは上がった。だからといってすぐに尻尾を振っていこうとはせず(そういうことをすると後々バカにされる)、一応、みんな迷ったふりをしていた。すると、紫色の制服が私に耳打ちにした。

 

「あの人たちはやばいよ。行かない方がいいと思う。僕がうまく断ってあげるからさ」

 

 意見はまとまらなかった。私は断ろうといい、二人はミーハーな気持ちと面倒なことになりたくない気持ちで揺れ動いているようだった。こういう時に決定権があるのは最もかわいい子である。最後の一人、アイドル並みの顔立ちとモデル並みのプロポーションを持っている子が押し切った。

 

「私は行く。だって大ファンだったんだもん。乾杯ぐらいいいじゃない。それに……、後悔することになってもかまわない」

 

 これから心中でもするのかと思うような大げさなセリフを繰り返した。彼女がその俳優のファンだとは初耳だった。結局、私たちはぞろぞろとガラスの向こうに入っていった。紫色の制服がちらりとこちらを見たので、私は視線をそらした。

 

 あの頃、シャンパンが注がれるのは細長いフルートグラスではなく、平たいカクテルグラスだった。私たちは誰一人としてドン・ペリニョンなんて言葉も知らなかったから、あの時開いたのが何の銘柄だったのかもわからない。金色の泡が無数に浮かんだカクテルグラスを重ね合わせた。

 

 ここにはよく来るのか、今かかっている曲は流行っているのか、歳はいくつか。そんなことを聞かれ、一人ずつ答えているうちに、二本目のシャンパンが開いた。

 

「君たちはどういう友達?」
「大学の同級生です」
「ああ、流行りの女子大生ってやつだ。ラッキー」

 

 俳優が笑いながらいった。

 

 私たちは、「女子大」の学生ではなかったけれど、「女子」の大学生ではあった。女子大生がたどたどしく司会を務める『オールナイトフジ』という深夜のテレビ番組が大当たりしていて、マハラジャのVIPルームみたいな場所では売れないタレントやモデルより女子大生のほうがブランド力があった。

 

「どこの大学なの?」

 

 俳優に聞かれ、一番緊張していた子が高い声で大学名を告げると、おじさまの一人がいった。

 

「へえ、○○さんのお嬢さんと同じ大学なんだ。あ、仕事関係でお世話になっている方なんだけどね」

 

 その人が手短に自分の職業を説明している間に、私たち全員の顔が引きつっていった。私たちの中に〇〇さんがいた。わりとめずらしい苗字である。

 

「それ、多分、私の……、あの、私の父です」

 

 それから私たちは軽く説教をされた。こんな時間までディスコで遊んで、挙句に知らない男の誘いにほいほい乗って、そんなことをお父様が知ったら悲しむに違いない、みたいな内容だった。私はちょっとムカついた。こういう時、馬鹿丁寧な口調になってしまうのは悪い癖だ。

 

「そうはおっしゃいますけれども、お誘いになったのはそちらですよね」

 

 おじさまたちは「そりゃあそうだ」とか何とかいって爆笑して、黒服に手巻き寿司をたくさん持って来させた。それを食べ終えると、全員強制的に車で送られた。アイドル並みの顔立ちとモデル並みのプロポーションの子は、翌日大学のキャンパスで私にいった。

 

「乾杯ぐらい、どうってことなかったじゃない」

 

 ちょっとくやしそうだったのは気のせいだろうか。

 

写真提供/マハラジャ六本木 http://www.maharaja-r.jp
イラスト/久木田知子

バブル、盆に返らず

甘糟りり子(あまかす・りりこ)

玉川大学文学部英米文学科卒業後、DCアパレル会社勤務を経て執筆活動をスタート。『東京のレストラン 目的別逆引き事典』(光文社)など、グルメ、ファッション、クルマ、音楽、映画など、時代の最先端のエッセンスをちりばめた作品が話題に。また、『中年前夜』『エストロゲン』(ともに小学館)など、都会に生きる大人の女性のリアリティを描いた小説でも注目を集める。近年は、妊娠・出産をさまざまな視点で描いた短編小説集『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』が大きな反響を呼ぶ。近著は『鎌倉の家』(河出書房新社)、『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)。
Instagram : @ririkong
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イラスト / 久木田知子
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