第4回 チャイナタウン・パフェ
甘糟りり子『バブル、盆に返らず』

BW_machida

2020/09/03

 年下の友人や若い仕事仲間にバブル時代のことをよく聞かれます。
「深夜のタクシーが争奪戦で、一万円札を頭上に掲げて拾ってたって本当ですか?」
「女性は、夜遊びに行く時、一切財布に手をかけなかったんでしょう?」
「ワンカットの撮影のためにスタッフ全員で海外に行ってたって、まさかですよね?」
 そうそう、それ全部ほんとのこと、なんて答えながら、なんだか私も不思議な気持ちになります。お伽話をしているのではないか、そんな錯覚を起こすのです。
 この際だから、記憶にあることを書いておこうと思います。日本にあんな時代は二度と来ないでしょうから。明日は今日よりもっとわくわくすることが待ち構えているに違いない、何の根拠もなくそう信じでいた、あの頃のあの雰囲気がなつかしい。
ナウい昔話するんで、イチゴを落としたシャンペンでも飲みながら読んでもらえたらうれしい、みたいな〜。

 

 

 

 こうして書くのも勇気がいるのだけれど、かつて私のことを「浅野温子に似てる」といった女友達がいた。時は80年代半ばである。あの頃の私は胸の下まで伸ばしたワンレングスの黒髪で、アイラインもきちんと引いていて、身体の厚さは今の半分くらいしかなかったから、なんとなくそれっぽく見えていたのかもしれない。先に謝っておきます、ごめんなさい。

 

 まだトレンディドラマの代名詞『抱きしめたい!』が放映される前で、浅野温子さんといえば映画『スローなブキにしてくれ』のイメージが強かった。浅野さん演じるヒロインのさち乃が第三京浜で白いムスタングから猫と一緒にほっぽり出されてしまうことから物語が始まる。もしかしたら、友達の頭の中では、私が住んでいる鎌倉=湘南方面と第三京浜がぼんやり重なっただけかもしれない。

 

 ある日、彼女がいった。

 

「ねえねえ、友達の男の子にリリちゃんの話したら、ぜひ会いたいっていうのよ。浅野温子の大ファンなのよ」
「いきなりそんなこといわれても…」

 

 戸惑ったふりをしながら、内心はまんざらでなかった。

 

「今すぐにでも鎌倉に行くって張り切ってるの。一目でいいからって。お茶でもしようよ」

 

 どんな状況だとしても、人に欲されるのは心地よいものだ。もったいぶれるだけもったいぶってから、結局、三日後の夜に約束をした。もったいぶるという行為は若い女の子がよく使う手だった。

 

 「マーロウ」で待ち合わせた。

 

 「マーロウ」は目の前の秋谷海岸が見渡せるカフェ&バー&レストランで、東京の遊び人にも地元の人にも話題の店。葉山の「ラ・マーレ・ド・チャヤ」と散々迷って、できたばかりのこちらを指定した。翌日は一日中、「マーロウ」に着ていく服のことを考えていた。

 

 自宅で夕飯を済ませ、私は白いフォルクスワーゲン・ビートルを運転して、秋谷海岸に向かった。マドモアゼルノンノンのスウェーターにサイズが一つ大きいリーバイスの501を合わせた。マーロウに着くと友達とその男の子は窓際のテーブルで待っていた。窓の向こうには暗い海が広がっている。

 

 考えてみれば、私は彼の情報を何も知らされていなかった。男の子なんて聞いていたけれど明らかに私たちより年上で、高そうなジャケットにシックな色のシャツを合わせていて大人の雰囲気が満載だった。焦げ茶色のポケットチーフまでしている。テーブルの上にはマルボロの赤い箱とジッポのライターが置いてあった。

 

 座りながらぎこちなく「こんにちは」というと、にこやかな笑顔で挨拶を返された。いかにも物慣れた感じだった。友達が得意げな口調でいった。

 

「こちらがリリコちゃん。ね、浅野温子に似てるでしょう」

 

1980年代の著者。顔立ち自体がバブルである。愛用のネイルはレブロン04番(懐かしい!)。

 

 私はなんていっていいのかわからず、黙っていた。

 

「うん。そうだね。目のあたりがね」

 

 男性はそう返してこちらの顔を軽く覗き込んでから、予想通り『スローなブギにしてくれ』の話をした。同棲、スナック、奔放、第三京浜、そんな単語を散りばめながら。

 

 背後から、ぱちぱちぱちと派手な音がした。私たちのテーブルにチャイナタウン・パフェが運ばれてきたのだ。

 

 店で一番の人気メニューだ。パフェには火のついた花火とカラフルな和傘が刺さっている。そのはなやかさはトロピカルリンクのパフェ版といったらいいだろうか。今でいったらインスタ映えばっちり。チャイナタウンというエキゾチックな名称も相まって、「マーロウ」の象徴的なメニューだった。

 

 友達は、わあっといって胸の前で小さく拍手をした。隣のテーブルのカップルも楽しそうにこちらをみている。私たちは思い切りはしゃいで、花火の中からアイスクリームや生クリームをすくってみせた。花火付きパフェの前では、同棲だのスナックだの第三京浜だのという単語はいかにも古くさく思えた。もうとっくに横浜横須賀道路が開通していたし。この頃から、世の中はバブルに向かって加速度的に賑わっていった。

 

 パフェを食べ終える前に花火は終わり、器には輪郭を無くしたアイスクリームや生クリームがたくさん残った。会話も急にしぼんでしまった。気がつくと、隣のカップルはいなくなっていた。一時間ほどお茶をして、私たちはマーロウを後にした。二人は男性の運転するメルセデスで東京に帰っていった。

 

 翌日、友達から電話がかかってきた。マーロウのチャイナタウン・パフェについて散々しゃべった後、こう聞かれた。

 

「ねえ、昨日の人、どうだった?」
「どうって、別に……」

 

 口ごもっていると、友達は笑いながらいった。

 

「彼はね、ちょっと期待し過ぎちゃったっていってた」

 

 私は心の中で叫んだ。目の辺りが似てるっていったじゃないかあ!。勝手に人気女優に似てるっていわれて、勝手に期待し過ぎたと落胆され、大いに傷ついた。立ち直るのに三時間もかかったんだから。

 

 その人気女優は三年後にフジテレビのドラマ『抱きしめたい!』で大ブレイク。携帯電話片手に最先端ファッションを着こなし、デザイナーズ・マンションで暮らすスタイリストの役であった。もうナイーブな美少女ではなくて、スローなブギも聞こえなかった。

 

 こんなふうに、あの頃の私たちは「夜お茶」ばっかりしていた。

 

 おしゃれなインテリア&美味しいケーキがある&夜遅くまで営業しているお店が港区界隈にはたくさんあった。コーヒーとケーキで深夜までおしゃべりするのが楽しかった。恋話にファッションの話、友達の噂話、話題は何でも良かった。おしゃべり自

 

 体が目的というより、目的なんてないのに夜を共有して消費することにわくわくしたのだった。

 

 乃木坂の「ストロベリー・ファーム」、日赤通りの「ラブパトリック」、西麻布の「ドゥリエール」、白金の「フェバリット」、同じく白金の「ブルー・ポイント」。私が夜お茶をしていた港区の店はみんななくなってしまった。秋谷海岸の「マーロウ」はいまだに健在だけれど、チャイナタウン・パフェがメニューから消えてしまっているのがさびしい。

 

「マーロウ秋谷本店」。海を望める店内。

 

写真提供:マーロウ秋谷本店

バブル、盆に返らず

甘糟りり子(あまかす・りりこ)

玉川大学文学部英米文学科卒業後、DCアパレル会社勤務を経て執筆活動をスタート。『東京のレストラン 目的別逆引き事典』(光文社)など、グルメ、ファッション、クルマ、音楽、映画など、時代の最先端のエッセンスをちりばめた作品が話題に。また、『中年前夜』『エストロゲン』(ともに小学館)など、都会に生きる大人の女性のリアリティを描いた小説でも注目を集める。近年は、妊娠・出産をさまざまな視点で描いた短編小説集『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』が大きな反響を呼ぶ。近著は『鎌倉の家』(河出書房新社)、『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)。
Instagram : @ririkong
Twitter : @ririkong

イラスト / 久木田知子
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