第6回 「アース・ウィンド & パーコー麺」
甘糟りり子『バブル、盆に返らず』

ryomiyagi

2020/09/17

 年下の友人や若い仕事仲間にバブル時代のことをよく聞かれます。
「深夜のタクシーが争奪戦で、一万円札を頭上に掲げて拾ってたって本当ですか?」
「女性は、夜遊びに行く時、一切財布に手をかけなかったんでしょう?」
「ワンカットの撮影のためにスタッフ全員で海外に行ってたって、まさかですよね?」
 そうそう、それ全部ほんとのこと、なんて答えながら、なんだか私も不思議な気持ちになります。お伽話をしているのではないか、そんな錯覚を起こすのです。
 この際だから、記憶にあることを書いておこうと思います。日本にあんな時代は二度と来ないでしょうから。明日は今日よりもっとわくわくすることが待ち構えているに違いない、何の根拠もなくそう信じでいた、あの頃のあの雰囲気がなつかしい。
ナウい昔話するんで、イチゴを落としたシャンペンでも飲みながら読んでもらえたらうれしい、みたいな〜。

 

EW & Fの不朽のディスコナンバー「セプテンバー」のシングル盤。 このほど著者の自宅から発掘されたものです。部屋でもグルーヴしていたのですね。

 

 モデルの友達とよく遊んでいた時期がある。読者モデルなんてあいまいなものではなく、人気雑誌の表紙を務めるような、プロ中のプロだ。小さな顔に完璧な目鼻立ち、華奢な骨格に長い手足、アーモンド型の瞳は人の心を捉えて離さない。何度も会っている同性の私でも、時々見とれてしまうような美しさだった。仮にAちゃんとしておこう。

 

 私が仲良くした頃はすでに引退していたけれど、彼女と一緒にいるとおいしい誘いが山のように降ってきて、横で見ていてもいちいち優先順位をつけたり断ったりするのがめんどうくさいのはよくわかった。だから、Aちゃんは忖度など一切しない。その時、自分が行きたくなるかどうかだけで判断をする。六本木で飲んでいて北海道にいいお寿司屋があると盛り上がればそのまま羽田空港に行き、軽井沢でのゴルフの約束を前日の夜に断ってディスコで朝まで遊ぶ、そんなふうに生きていた。多分、男性を落胆させることなどなんとも思っていなかっただろう。いちいち気にしていたらやっていられないのだ。

 

 少しだけ年下の私のことは苗字呼び捨てだった。Aちゃんも私もあんまり女の子らしいキャラクターではないし、勝手に「傷だらけの天使」みたいだと思っていた。

 

「アマカス〜、今日の夜、アースのコンサート行かない?」

 

そんな電話がかかってきたのはすでに午後四時か五時頃だったはず。コンサートの開始まで二時間ぐらいしかない。明日の朝までには入れなければならない原稿があったけれど、「アース・ウインド&ファイア」に行かないわけにはいかなかった。私はあわててシャワーを浴び、身支度を整えた。

 

 ‘70〜’80年代のディスコでかかるダンス・ミュージックはたいていアフリカ系アメリカ人のバンドによるもので、中でもアース・ウインド&ファイアはヒット曲の多さで群を抜いていた。『ファンタジー』『セプテンバー』『ブギー・ワンダーランド』『レッツ・グルーブ』など、イントロだけでディスコのフロアが湧くような曲がたくさんあった。フィリップ・ベイリーとモーリス・ホワイトのツイン・ボーカルが売りだった。フィリップ・ベイリーの繊細で力強い高音は六本木の夜を彩る絵の具の役割を担っていた。

 

 コンサートの場内は派手なファッションの男女であふれていた。私はジャン・マルコ・ベントゥーリの黒いワンピースに蛇柄のハイヒール、左胸には赤いフリジンがついた金色の大きなブローチをつけた。これは確かエスカーダのものと記憶している。自分なりにアース・ウインド&ファイアに敬意を表したつもりだった。バッグはキルティングのレザーにチェーンのついたシャネルのもの。身頃の半分までの蓋がついているタイプだ。

 

 Aちゃんのウエストを絞ったベージュのスーツはジェニー。70年代にはジャンニ・ヴェルサーチがデザイナーを務めていたことでも知られるイタリアのブランドである。バッグは同じくシャネル。女の子が気合を入れる時、たいていシャネルのこのタイプだった。布の場合は布と、革の場合は革と金具が絡み合ったチェーンがついている。

 

 チケットは正面の、前から数列目という好位置。ヒット曲のオンパレードのコンサートは半分ディスコにいるみたいで、あっという間にアンコールになった。目の前で繰り広げられる『セプテンバー』は最高にテンションが上がった。

 

 武道館を出ると九時をずいぶんと過ぎていた。二人ともお腹が減っていて、ホテルのコーヒーハウスに行くことになった。

 

「帝国ホテルのユリーカで野菜カレーと5セントパンケーキってどう?」

 

とAちゃんがいうので、私は提案した。

 

「それもいいけど、キャピトル東急のオリガミでパーコー麺は?」
「パーコー麺、いいねえ。そうしよう。あ、そうだ。パーコー麺の前にアースに会っていこっか」
「ん? アース? 会う?」

 

 なんでも、チケットをくれた人がアース・ウインド&ファイアとキャピトル東急のスィートルームで打ち上げをしているという。かつて「外タレ」が泊まるホテルといえばここだった。あの頃、映画スターだろうが大物ミュージシャンであろうが、海外から日本にやってくる芸能人はすべて外国人タレント=「外タレ」と括られていた。そして外タレといったら、キャピトル東急だったのだ。確かビートルズが初めて来日した時に宿泊したのもキャピトル東急のはず。前身が日本初の外資系ホテルであるヒルトンだったことも関係しているのだろう。

 

 最上階のスィートルームはむっとするほどの甘く濃い匂いに満ちていた。アース・ウインド&ファイアのメンバーや関係者らしき男性たちに混じって、かなり派手な女性が何人もいて、彼女たちの香水にいろいろな人の体臭と人いきれが混じって不思議な匂いを作り出していた。女性たちはみんな判で押したようにチリチリのソバージュ、太いアイラインに真っ赤な口紅、ヒョウ柄かアニマルプリントのぴったりしたニットに紫色やらゴールドやらのジャンパーを羽織り、スパッツのようなものを合わせているのも同じだった。シーラEもどき、といったらいいだろうか。パーカッション叩きながら歌うシーラEは超かっこいいが、もどきたちにはまた別の迫力があった。

 

 私とAちゃんは関係者に紹介され、フィリップ・ベイリーに挨拶をした。小声で囁くように話す、物静かな人だった。さっきまでの高音の歌声とは別人のよう。ホテルのスイートで外タレと打ち上げ、なんて書いたら、酒池肉林の宴を思い浮かべるかもしれないが、そんな気配はまったくなかった。

 

 そんな中、他のメンバー(だと思うけれど、正直なところフィリップ・べイリーとモーリス・ホワイト以外の顔がわからない)がにじり寄ってきて、Aちゃんに「ビューテホー、ビューテホー!」と連呼した。私たちをぐるりと囲んでいるシーラEもどきたちがこちらを睨みつけてきた。あまりの迫力に目の前のフィリップ・ベイリーよりそちらの方が気になってしまった。怖かったあ。お腹が空いていた私たちは十五分くらいで部屋を後にした。

 

 下界に降りると、ロビーにはスイートルームに入れなかったらしきシーラEもどきがたくさんいて、アース・ウインド&ファイアの人気を改めて実感した。私たちはオリガミに行き、パーコー麺とナシゴレンを頼んだ。

 

排骨拉麺は、現在もザ・キャピトル東急ホテルの「 オールデイダイニング ORIGAMI」の定番メニューです。場所柄、スーツ姿の永田町の先生方や外国人ゲストも多いORIGAMIは、大人っぽい時間が流れる独特の空間。

 

 揚げた豚のあばら肉がのった中華麺はここの名物だ。シンプルなスープが肉の香ばしさを引き立ていて、本当においしい。それと、ナシゴレン。「オリガミ=パーコー麺」が定着しすぎて影に隠れているが、これもオリガミびいきが必ず頼むメニューだった。今でこそあちこちのレストランやカフェのメニューにあるけれど、あの頃の東京ではまだほとんど見かけなかったから。オリガミはホテルのカフェらしい落ち着きと折り目正しいサーヴィス、ホテルのカフェらしからぬ攻めたメニューで、他のどこにもない個性を持った空間だった。長くなりそうな失恋話なんか聞く時はオリガミが定番だったのは、そんな理由だ。

 

 私たちはパーコー麺やナシゴレンを勢いよく食べた。

 

「フィリップ・ベイリーって物静かな人なんだねえ」

 

 一息ついて私がいうと、Aちゃんは不思議そうな顔になった。

 

「フィリップ? 誰それ?」
「えーっ。アース・ウインド&ファイアのヴォーカル。声の高い方。さっき話したじゃん」
「そうなんだ。正直なとこ、誰が誰だかわからなかったんだよね、私」

 

 スープの染み込んだあばら肉は相変わらずおいしかった。

バブル、盆に返らず

甘糟りり子(あまかす・りりこ)

玉川大学文学部英米文学科卒業後、DCアパレル会社勤務を経て執筆活動をスタート。『東京のレストラン 目的別逆引き事典』(光文社)など、グルメ、ファッション、クルマ、音楽、映画など、時代の最先端のエッセンスをちりばめた作品が話題に。また、『中年前夜』『エストロゲン』(ともに小学館)など、都会に生きる大人の女性のリアリティを描いた小説でも注目を集める。近年は、妊娠・出産をさまざまな視点で描いた短編小説集『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』が大きな反響を呼ぶ。近著は『鎌倉の家』(河出書房新社)、『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)。
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イラスト / 久木田知子
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