第8回 「デセール・リリコ」
甘糟りり子『バブル、盆に返らず』

 年下の友人や若い仕事仲間にバブル時代のことをよく聞かれます。
「深夜のタクシーが争奪戦で、一万円札を頭上に掲げて拾ってたって本当ですか?」
「女性は、夜遊びに行く時、一切財布に手をかけなかったんでしょう?」
「ワンカットの撮影のためにスタッフ全員で海外に行ってたって、まさかですよね?」
 そうそう、それ全部ほんとのこと、なんて答えながら、なんだか私も不思議な気持ちになります。お伽話をしているのではないか、そんな錯覚を起こすのです。
 この際だから、記憶にあることを書いておこうと思います。日本にあんな時代は二度と来ないでしょうから。明日は今日よりもっとわくわくすることが待ち構えているに違いない、何の根拠もなくそう信じでいた、あの頃のあの雰囲気がなつかしい。
ナウい昔話するんで、イチゴを落としたシャンペンでも飲みながら読んでもらえたらうれしい、みたいな〜。

 

広尾のワインショップ「エノテカ」と階上のレストランがオープンしたのが平成元年の1989年。「デゼール・リリコ」はまさにバブル最高潮に咲いた仇花!?……ちょっと味見してみたいものです。

 

 ある会食の場で、同世代の男性に話しかけられた。
「デセール・リリコ、何度か食べに行きましたよ」
一瞬、何のことかわからなかった。バブル時代の私なら、新種の口説き文句かと自惚れたかもしれない。それが何のことか思い出して、顔から火が出そうになった。

 

 デセール・リリコというのは、その昔、私が考案したデザートの名称である。

 

 シャトー・ディケムのゼリーの上にシャトー・ディケムのシャーベットがのっている、という、贅沢を通り越した暴挙、いや暴挙なんてかっこいいものでもなく、ひたすら思い上がった一品だった。値段は3、500円也。気の利いたビストロならディナーのコースの値段である。

 

 シャトー・ディケムとは貴腐ワインの最高峰の銘柄で、もちろん値段も最高峰。例えば、2010年の750mlなら約十万円はする代物である。グラスに注ぐとはなやかな香りがあふれ、口に含めば気高い甘さが染み込んでくる、そういうワイン。液体は黄金色、ラベルの文字はそれ合わせた金色で、たたずまいからしてエレガントなのだ。

 

 このワインを最初に見かけたのは「ワインショップ エノテカ」である。今ではあちこちに店舗を持つ大きなインポーターだが、1989年9月のオープン当時は広尾の店舗だけだった。店舗の二階には「テロワール」というレストランも開業させた。階下のワインショップからワインを持ち込めるのだ。レストランでワインを注文したら販売価格の倍から3倍は取られるのが普通だけれど、「テロワール」はどんなワインでも持ち込み料だけしかかからならない。

 

 話はそれるけれど、日本人が赤ワインを日常的に嗜むようになったのはバブル時代から後のことだと思う。それまではワインといったら白。日本酒に近いからだろうか。今でも忘れられないのは、自由が丘にあった「キャンティ」でミーハー男子と食事をした時、私が赤ワインを頼もうとしたら、「え、女の子なのに赤なんて飲むんだ」と驚かれたこと。赤ワインは、重くて高価でウンチクがいろいろありそう、みたいなイメージでハードルが高かったのだろう。少なくとも、若者にはね。そのミーハー男子も立派な中年になり、今では葉巻を嗜みブルゴーニュワインについて語り始めると止まらないと、風の便りで聞いた。

 

 さて、「テロワール」だけれど、もっと世の中に知られたらいいのにと、勝手に思っていた。じゅうぶん人気だったはずだが、私は納得をしていなかった。
 そこで、支配人の浅原さんに傍若無人な提案をした。

 

「他のレストランにはないような個性的な一品があれば、もっと人気になるんじゃないでしょうか。ワインショップがやっているレストランという利点を活かしましょうよ」
 何も頼まれてもいないシロウトがエラソーにそういった。
「例えば、どんなものでしょうか」
「うーん、シャトー・ディケムを惜しげなく使っちゃうとか」
ディケムをシャーベットにするという私の提案を浅原さんはおもしろがってくれた。シャーベットだけでなく、ゼリーにもしてみようとことになった。試作品を食べさせてもらった時、ついには器にまで口を出したという記憶がある。何度か試食をして、いよいよオン・メニューが決まった。
「ディケムをふんだんに使ってますから、いいお値段になってしまいますね」
冷静な浅原さんに、私はいい放った。
「いいんじゃないですか。高い方が話題になりますよ」

 

 バブル時代ってこんな感覚だったのだ、ほとんどの物事が。信じて。

 

 私の名前をつけようといい出したのは浅原さんだった。間違っても自分でいい出したわけではない。でも、まあ、辞退するどころか嬉々として賛同したわけだから自分でつけたのも同じ。こうして3,500円也の「デセール・リリコ」が誕生した。
 せっかくのディケムをゼリーやシャーベットにしてしまうことにも、デザートに自分の名前をつけることにも、恥ずかしいという感情を抱くことはまったくなかった。ここまでくるとバブルという特殊な時代のせいにばかりにできない。

 

 知人友人を連れて何度も食べに行った。あの頃、まだ「ドヤ顏」なんて言葉はなかったけれど、まさしくドヤ顔をしてドヤな態度をとっていた。
 しかし、デセール・リリコを注文する人はそんなにいなくて、口コミで話題になることもあんまりなかった。ほどなくして、使う貴腐ワインはディケムではなく、普通のソーテルヌになったはず。自分の名前を冠したデザートを私自身が一番おもしろがっていたのだけれど、それでも少しずつ注文する回数も減り、いつの間にかメニューから消えていた。

 

 時は流れて、令和となった。あの頃、無理して買ったシャトー・ディケムはうちのセラーで眠ったまま。開け時を考えているうちに時間が経ってしまった。「テロワール」は2004年に閉店した。

 

 支配人の浅原さんは独立され、世田谷でビストロを営んでいる。久しぶりに連絡とったところ、意外な事実がわかった。
「なつかしいですね、デセール・リリコ。シャトー・ディケムをシャーベットするとどんな味になるのか、○テル・ドゥ・○クニで断られたとかでうちに話を持ち込まれたんですよね」

 

 お店がさらに人気になるように考案した、というのは後付けの口実だったのだ。もう、本当に穴があったら飛び込みたい。

 

こちらのシャトー・ディケムは著者のセラーから。手前の1994年は素晴らしい年で、なんと飲み頃は2030年頃まで続くともいわれています。

 

イラスト/久木田知子

バブル、盆に返らず

甘糟りり子(あまかす・りりこ)

玉川大学文学部英米文学科卒業後、DCアパレル会社勤務を経て執筆活動をスタート。『東京のレストラン 目的別逆引き事典』(光文社)など、グルメ、ファッション、クルマ、音楽、映画など、時代の最先端のエッセンスをちりばめた作品が話題に。また、『中年前夜』『エストロゲン』(ともに小学館)など、都会に生きる大人の女性のリアリティを描いた小説でも注目を集める。近年は、妊娠・出産をさまざまな視点で描いた短編小説集『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』が大きな反響を呼ぶ。近著は『鎌倉の家』(河出書房新社)、『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)。
Instagram : @ririkong
Twitter : @ririkong

イラスト / 久木田知子
関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を

RANKINGランキング