第10回 「西麻布 ザ・ウォールビル」
甘糟りり子『バブル、盆に返らず』

ryomiyagi

2020/11/06

 年下の友人や若い仕事仲間にバブル時代のことをよく聞かれます。
「深夜のタクシーが争奪戦で、一万円札を頭上に掲げて拾ってたって本当ですか?」
「女性は、夜遊びに行く時、一切財布に手をかけなかったんでしょう?」
「ワンカットの撮影のためにスタッフ全員で海外に行ってたって、まさかですよね?」
 そうそう、それ全部ほんとのこと、なんて答えながら、なんだか私も不思議な気持ちになります。お伽話をしているのではないか、そんな錯覚を起こすのです。
 この際だから、記憶にあることを書いておこうと思います。日本にあんな時代は二度と来ないでしょうから。明日は今日よりもっとわくわくすることが待ち構えているに違いない、何の根拠もなくそう信じでいた、あの頃のあの雰囲気がなつかしい。
ナウい昔話するんで、イチゴを落としたシャンペンでも飲みながら読んでもらえたらうれしい、みたいな〜。

 

 ザ・ウォールビルが西麻布の交差点のほど近くに、はなばなしく開業したのは1990年。後から考えればバブルの真っ最中だが、あの時はずっとこういう状態が続くと思っていたので、よくある日常の一コマだった。

 

一見ひとつのビルに見えますが、右側の建物がThe Wall、左側の塔のような建物はArt Siloと名付けられています。このビルの模型がロンドンのヴィクトリア&アルバートミュージアムに収蔵されているそうです。

 

 古代ローマをイメージさせるテラコッタ色の壁に、エッジのきいた鉄製の階段や柱が組み合わさった三階建で、シロウト目にも相当な額が投入されたとわかるが、決して成金趣味ではない。後から知ったことだが、建築を手がけたのはナイジェル・コーツ、プロデュースはシー・ユー・チェン。そりゃあ、インパクトが出ないわけがない。お二方がわからないという方はググってみてください。

 

 ビルの地下はディスコ「JBアンダーグラウンド」、一階と二階は会員制クラブ「JB」、最上階はイタリアンレストラン「チブレオ」。会員制クラブのプラチナ会員は女性だけで、飲み物食べ物すべて無料、もちろん入場料もなし。バブル時代の都市伝説「女性は財布にいっさい手をかけない」を地でいっている空間だった。

 

 オープンと同時に会員になった私はなにかというとこの店を利用した。何しろ場所は西麻布。あの頃、とりあえずこの辺に行けば何かしら楽しいことが起こるだろうと思っていた。同じくプラチナ会員になった友人とはお茶をするようなノリでここに行った。「何しろ西麻布」の上に一切お金がかからない。プラチナ会員は誰か友人を連れて行っても、その友人が女性の場合は同じくオールフリーだったのではなかったっけ。

 

 当時は得意がって友人と連れ立っていっていたけれど、私たちは釣りで言うところのルアーの役割だった。それもノーギャラの。派手めな女の子がうろついていれば、それ目当ての男性が高いお金を払って会員になり、店に来てお金を落としてくれるはず。そういう経営元の考えはわかった上で、システムにのっかっていた。マハラジャでは観葉植物だった私たちが進化して、JBではルアーとなったわけだ。ん? 進化なのか退化なのか、よくわからない。

 

 経営元は六本木や渋谷、苗場などで「Jトリップバー」を展開していた三倶(みつとも)。キンキラ・ディスコ全盛の時代に日比野克彦のアートを取り入れ、人気となった。半歩先をいっているイメージがあった。
その頃の私は昼も夜も遊びまくって、遊び場で得たトレンド情報を雑誌で流布することを仕事にしていた。ディスコやクラブで夜通し遊ぶのも仕事のうち、と開き直っていた。

 

 経営元の三倶に知り合いがいて会員にならないかと誘われた。入会の際、ポラロイド写真の撮影があった。声をかけてきたサカイさん(仮名)は、慣れた手つきでシャッターを押しながらいった。
「お友達でも、うちに合う子がいたら紹介して。会員になってもらいたいから」
「はーい」

 
 その夜は千駄ヶ谷の「マニン」で友人がセッティングした、新年会という名の会食だった。合コンではなく、男性がすべてを支払う食事会である。というより、まだ合コンという言葉も概念も定着していなかった。ちなみにマニンを手がけたのはかのフィリップ・スタルクである。

 

 男性の一人と連れだってきたのがミナ(仮名)だった。冬というのにこんがりと焼けていて、ソバージュの長い髪は茶色く、毛先は金髪に近かった。ノースリーブの真っ赤なニットにレザーのスカート、シルバーのバングル、足元はヘビ柄のパンプスだった。
会食中、「三倶が西麻布にオープンさせた会員制クラブ」の話題になり、私と友人が会員だと知って、じゃあ食事の後にそこに行こうとなった。こうして書いてみると、改めて、私たちは忠実にルアーの役割を果たしていたなあと思う。

 

 会員制クラブの壁は赤で、ミナ(仮名)のニットがすっかり溶け込んだ。私たちはテーブル席に陣取り、誰かがシャンパンのボトルを注文した。残念ながらシャンパンの銘柄は記憶にない。他のテーブルにはモデルっぽい女性のグループがいたり、売れっ子のタレントがいたり。それを見た男性たちはこぞって入会を希望した。入会金はそれなりの金額だったはず。私が化粧室に立つと、ミナ(仮名)も付いてきた。化粧室を出る前に私にいった。
「私もここの会員になりたいんだけれど、紹介してくれない?」
 もちろんミナは男性のように高い金を支払って会員になりたいわけではなく、プラチナ会員になりたいわけだ。
「三倶に知り合いいるから頼んでおくね」
 私たちは携帯電話の番号を交換した。何度も繰り返すが、当時まだ携帯電話は一部の「ブイブイ」いっている人たち(会員制クラブのメンバーになりたがるような類の人々、との意味)だけのアイテムで、持っているもの同士で妙な連帯感が生まれたものだ。

 

 化粧室から戻ったミナ(仮名)は、私に会員になりたいと頼んだことなどおくびにも出さず、男性たちが入会希望のシートにあれこれ書き込んだり、支配人に名刺を渡されたりする様子をにこやかに眺めていた。

 

 後日、私はサカイさん(仮名)に連絡をして、ミナ(仮名)と一緒にJBのラウンジで待ち合わせた。夜は何度も来ているのに昼間は初めてで、なんとなく落ち着かなかった。厚化粧を落とした人のすっぴんを見たような、といったらいいだろうか。
 私の時と同じようにポラロイド写真を撮ってから、サカイさん(仮名)はいった。
「今、会員の希望が多くて手続きがいろいろ面倒なんですよ。また連絡しますね」

 

 私とミナ(仮名)は向かいの「キャンティ」に行き、キャラメル味の濃いプリンを食べながら、どうでもいいおしゃべりをした。彼女は今、恋人はいなくて、食事会で一緒だった男性とも恋愛関係ではないという。
「みんな彼氏未満って感じ。もっといろんな人と知り合いたいのよ」
 映画『ゴースト』のように魂レベルで愛しあえる人を探している、とのことだった。話しているうちに私より三歳年上で、もうすぐ三十歳だとわかった。

 

 その後、サカイさん(仮名)からは一向に連絡がないので、私から電話をしてみた。
「この間連れて行った友達の件、どうなっているかなあと思いまして」
「あー、あの子はないない。会員証は出せません」
「えー、だって、友達紹介してくれって」
「うちに合いそうな子っていったでしょ。アマカスさん、その辺わかってると思ってた」

 

 仕方なく、私はミナ(仮名)に、今忙しいみたい、とかなんとか見え透いた言い訳を伝えた。電話口のミナ(仮名)は明らかに不満そうな口調で、三倶の人と仲良いんでしょ、とか、私六Jの常連なんだけど、といった。あいまいな返事しかできなかった。
 あれは春になった頃、銀座の「Mカルロ」でミナ(仮名)にばったり会った。軽く会釈したのだけれど、無視されてしまった。

 

 それからン十年の時は流れ、私は西麻布から車で五分ほどの「ウエスト」にいた。編集者との打ち合わせだった。途中で、隣に中年女性の集団が座った。彼女たちは楽しそうに夫の愚痴をいい合い、シュークリームをほおばっていた。小説のネタにならないかと聞き耳を立ててしまった。打ち合わせが終わって席を立とうとした時、その中の一人が声をかけてきた。私とはまったく縁のなさそうなおばさまがミナ(仮名)だと気がつくのに、ちょっと時間がかかった。結婚して、娘と息子がいて、トイプードルを飼っていて、姑の介護が大変だという。ほんの数分の間にこれだけの情報を伝達してきた。あまりのマシンガントークに、彼女は魂レベルの人と出会えたのかどうか、聞きそびれてしまった。

 

 最近、港区に生息する「港区女子」という人たちには「ギャラ飲み」というシステムがあるそうだ。飲み会に参加するとそこに賃金が派生するんだとか。私たちが観葉植物やらルアーだった時代、いいワインをご馳走になったりタクシー券を出してもらったりはしたけれど、現ナマを受け取るという発想はなかった。自分の意思で遊びに出て、そこで出会った人と同じ時間を共有しただけだ。誰に強制されたわけでもない。こういう発想は「ノーギャラって、謎なんですけどぉ」などといわれてしまうのだろうか。

 

建物のファサードには、グレイソン・ペリーの2階まで続くアートワークが。現在の入居者は、ゲーム関連企業が多いとか。

 

「西麻布の交差点を中心にしかものを考えられない」

 

 これはあるインタビューで私がいった言葉。つい口をついて出ただけなのだが、いろいろな人に引用されたり、からかわれたりした。それぐらいあの頃の私は西麻布でできていた。バブル崩壊のあおりを受け、三倶は倒産してしまったし、サカイさん(仮名)が亡くなったと風の頼りに聞いた。そんな中、ウォールビルは取り壊されずにいる。今はすっかりオフィスビルだという。あの前を通ると、当時の無責任な喧騒が聞こえてくる気がする。

バブル、盆に返らず

甘糟りり子(あまかす・りりこ)

玉川大学文学部英米文学科卒業後、DCアパレル会社勤務を経て執筆活動をスタート。『東京のレストラン 目的別逆引き事典』(光文社)など、グルメ、ファッション、クルマ、音楽、映画など、時代の最先端のエッセンスをちりばめた作品が話題に。また、『中年前夜』『エストロゲン』(ともに小学館)など、都会に生きる大人の女性のリアリティを描いた小説でも注目を集める。近年は、妊娠・出産をさまざまな視点で描いた短編小説集『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』が大きな反響を呼ぶ。近著は『鎌倉の家』(河出書房新社)、『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)。
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イラスト / 久木田知子
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