第14回 「お立ち台が産まれた夜」
甘糟りり子『バブル、盆に返らず』

BW_machida

2021/01/08

 年下の友人や若い仕事仲間にバブル時代のことをよく聞かれます。
「深夜のタクシーが争奪戦で、一万円札を頭上に掲げて拾ってたって本当ですか?」
「女性は、夜遊びに行く時、一切財布に手をかけなかったんでしょう?」
「ワンカットの撮影のためにスタッフ全員で海外に行ってたって、まさかですよね?」
 そうそう、それ全部ほんとのこと、なんて答えながら、なんだか私も不思議な気持ちになります。お伽話をしているのではないか、そんな錯覚を起こすのです。
 この際だから、記憶にあることを書いておこうと思います。日本にあんな時代は二度と来ないでしょうから。明日は今日よりもっとわくわくすることが待ち構えているに違いない、何の根拠もなくそう信じでいた、あの頃のあの雰囲気がなつかしい。
ナウい昔話するんで、イチゴを落としたシャンペンでも飲みながら読んでもらえたらうれしい、みたいな〜。

 

 ディスコは、音楽とダンスを楽しむという建前でナンパをする場所であり友達同士の溜まり場であり、女の子にとっては自分を見せびらかす舞台でもあった。「私を見せびらかしたい」という欲求が無邪気に受け止められる空気は、あの時代独特のもののような気がする。

 

 あの日も、麻布十番の「マハラジャ」に行った。乃木坂の「ストロベリーファーム」で仲良しのクラスメイトとお茶をしてから店に入り、中で他の友達と合流するといういつものパターン。その日合流したグループには、ハナコ(仮名)がいた。

 

マハラジャ東京(1984年12月~1997年9月)

 

 ハナコ(仮名)は高校生の時からいろんなディスコに出入りしていたとかで顔が広く、ファッションセンスもよくてはなやかなタイプだった。正確にいえば、はなやかを目指してがんばっている、といったらいいだろうか。

 

 表参道の「キーウエストクラブ」、日比谷線の六本木駅、「マハラジャ」の VIPルームの前、そういった場所でハナコ(仮名)に会うと、まるで百年ぶりの再会のように手を振りながら駆け寄ってきて抱きついてくる。一度飲んだだけの相手でも気が合えば親友と呼ぶのも彼女の特徴だった。
 階段を上がったところに、化粧室から出てきたハナコ(仮名)がいた。
「遅いじゃない。今日は、あそこ。キープしてあるから」
 得意げに奥の方のテーブル席をあごで指した。円を描くソファには見知った女友達が数人、はしゃいでいる自分たちを周囲に見せつけていた。これもまた、いつもの光景だ。

 

 午後9時過ぎの「マハラジャ」はたいてい人でごった返す。テーブルを確保するにはボトルのシャンパンでも開けるか、顔をきかせるかしかない。もちろん私たちのテーブルはハナコ(仮名)の顔によるものだった。
 入れ替わり立ち替わり、ハナコ(仮名)の友達やら知り合いやらがテーブルにやって来て、飲んだりおしゃべりをしたりしてはフロアに弾け飛んで行った。女の子もいれば男の子もいて、何をしているのかわからない派手なおじさんもいた。本来のルールなら、一定の時間を過ぎたらテーブルは明け渡さなくてはならないのだけれど、ハナコ(仮名)のがんばりで私たちがウエイターから追い立てられることはなかった。常に誰かしら私たちの顔見知りがそこにいて、その夜のみんなの拠点だった。

 

 いつの間にか、派手な女の子二人がソファの真ん中に陣取っていた。仲間内の誰かが声をかけたらしい。その誰かは早々に席を離れていってしまったようだが、残った彼女たちはどっかと座り、大音量の中、大声でしゃべっている。細長いメンソールの煙草を指に挟み、鼻から煙を吐き出し続け、我が物顔。

 

 派手といっても、派手の種類は見慣れないものだ。あの頃の形容でいうなら「水っぽい」。一人が着ていた柄物のボウタイブラウスは一昔前にもてはやされた類だし、もう一人が穿いていた黒いレースのスカートは仰々しくて演歌歌手の衣装のようだった。大きなカーブの細い眉に至っては、私たちと彼女たちをくっきりと区別するものだった。
 第一に、彼女たちは「音楽とダンスを楽しんでいる」ふりさえしない。ヒット曲がかかろうがチークタイムになろうが、物欲しげに辺りを見回し、怒鳴り合うようにしゃべっている。気を紛らわすように通りすがりの男の子にライターの火を貸してくれと声をかけ、その度に知らない男の子がそこに座るのだった。

 

 ハナコ(仮名)のテーブルは、すっかり彼女たちに乗っ取られてしまった。席がキープされていることの貴重さもわかっていない彼女たちに、ハナコ(仮名)はイライラし始めたが、「マハラジャ」の常連という立場から、あからさまに席を立ってくれといって場の空気を悪くするわけにもいかない。
 夜も使い込まれていった頃、店内には「レッツ・グルーブ」のイントロが流れて、あちこちで歓声があがった。ディスコを象徴するといっても過言ではないグループ「アース、ウインド&ファイア」の久しぶりのヒット曲である。アースのヒット曲は、さあここからディスコ・ヒットが立て続けにかかりますから、じゃんじゃん盛り上がってくださいという合図だった。

 

「♩レッ・グルー・ツナイッ」というモーリス・ホワイトとフィリップ・ベイリーのツイン・ボーカルが響く中、男の子たちとの会話でメンソール二人組は「マハラジャ」に来たのは初めてだといった。
「へえ。じゃあ、普段はどんなとこで遊んでんの?」
「私たちはたいてい新宿かなあ。なんか、ここ流行ってるっていうんで来てみたんだけど」
 新宿という単語を聞いて、ハナコ(仮名)はあからさまに憮然とした表情になった。
 メンソールのもう片方の子が付け加えた。
「六本木の駅から15分もかかっちゃって、もう勘弁してよって感じ。たかだかディスコに来るのにさあ」
 念のためつけ加えておくが、麻布十番駅ができたのは2000年9月26日で、この夜から15年後のことである。 
 シャラマーの「ナイト・トゥー・リメンバー」がかかり、店内にはさらに大きな歓声が上がる。今ではディスコ・クラシックの定番の曲も、あの頃は最新ヒットだったんだから。当たり前だけれど。
 それでも、メンソールたちは「マハラジャ」の立地の悪さを口汚く罵っている。

 

「そんなことばっかいってないで、踊ろうよ」
 男の子に促され、メンソール二人組も細長い煙草を灰皿に押し付け、やっと腰をあげた。フロアに出てみると、彼女たちはアイドル歌手の振り付けのように身体を左右させ、なんともぎこちなかった。二人はテンプテーションズの「トリート・ハー・ライク・ア・レディ」がかかろうがブロンディの「コール・ミー」がかかろうが、同じように身体を左右させる。まるで音が聞こえていないみたい。

 

 ‘70年代のディスコでは決まったステップを踏むダンスが主流だった。私たちがマハラジャで遊んでいた’80年代半ば頃は、各自がリズムに合わせて自分の好きなように身体を動かすようになっていた。まだブレイクダンスなんて言葉も概念は東京の一般ピープルには届いていない。映画『ブレイクダンス』の主題歌であるバーケイズの「フリーク・ショウ」も数あるディスコ・ナンバーの一つとして扱われていた。
 そんな時代でもステップを踏む曲がいくつかあった。そうなるとフロア中が同じ動作をすることになって、盆踊りみたいだなあとあの頃の私は思っていた。今なら、あれは東京の文化の継承だとわかるのだけれど。
 フロアはもちろんテーブル席にもその夜一番の熱気が漂い始めたその時、絶妙のタイミングでチェンジの「パラダイス」になった。畳み掛けるようなイントロが響き渡った。

 

 この曲ではバス・ステップと呼ばれるステップを踏むことが、六本木辺りのディスコでのマナーだった。4回目の4拍子の時に九十度、身体の向きを変えるのもお決まり。フロアじゅうの老若男女が同じタイミングで同じように向きを変える光景は迫力があってすがすがしかった。まさしく盆踊りである。
 バス・ステップという名称を知らなくてもそれを身につけているのは「マハラジャ」みたいな店で遊ぶ人たちの必須条件。……のはずだった。人気が出始めたマハラジャには、メンソール二人組のようにトーンもマナーもわかっていない「部外者」が多数紛れ込んでいた。そういう人たちは「パラダイス」になってもただ適当に身体を揺するだけだ。

 

 周囲がリズムに合わせてバス・ステップを踏み、4回目の4拍子で揃って身体の向きを変える中、メンソール二人組は変わらずにアイドルの出来損ないのように身体を左右させていた。
 マハラジャのフロアの四隅にはテーブルがあった。通りかかった人がそこにグラスやバッグを置いたりするぐらいで、テーブルというより仕切りとしての役割が大きかったはずだ。
 ハナコ(仮名)はメンソールたちに向かって「オーマイガッ」とでもいいたげに両手を顔の高さまで上げてから、突然、そのテーブルの一つ台に駆け上がった。テーブルの上から店内の人々を見渡し、バス・ステップをやり始めた。私はこれが、お立ち台が産まれた瞬間だと信じている。ハナコ(仮名)の表情にはある種の威厳があった。メンソール二人組はそれを見ながらハナコと同じようにステップを踏み始めた。

 

「マハラジャ」のテーブルで踊る著者。最初は「??」と思ったけれど、すぐ何の抵抗もなく大理石のテーブルに上がるのがデフォルトになったそうです。この頃のシューズといえば、シャルル・ジョルダンかグイド・パスクヮーリあたり。著者より:「ハナコ(仮名)は私ではありません」

 

 ヒット曲の連続でテンションが上がった女の子が何人もハナコに続きテーブルにあがった。ほどなくして、フロアの四隅のテーブルはあっという間にボディコンシャスなワンピースやスーツを着た女の子たちで溢れそうになった。ドゥービー・ブラザースの「ロングトレイン・ランニング」がかかる頃にはハナコ(仮名)とメンソール二人組は台の上で踊りながら、一緒に手を叩き、終いにはハイタッチを交わすまでに距離が縮まっていた。
「私たち、親友だよね~」
 閉店後、店の前でハナコ(仮名)とメンソールたちは肩を抱き合っていたが、その後、ハナコからメンソールたちの話を聞いたことは一切ない。 

 

 新宿という地名には独特のイメージがあった。麻布十番にマハラジャがオープンする2年前の1982年、「新宿歌舞伎町ディスコ女子中学生殺人事件」が起きたのだ。歌舞伎町のディスコで女子中学生二人をナンパした若い男が、二人を車で千葉県まで連れて行き、一人を殺害、もう一人にも暴行を加えた。殺害された女子中学生は首を切られ、アキレス腱まで切られていたという。歌舞伎町、ディスコ、女子中学生、アキレス腱といった単語が新聞や週刊誌、ワイドショーでおどろおどろしく伝えられたが、結局未解決のまま時効を迎えている。

 

 この事件をきっかけに「風俗営業の規制及び業務の適正化に関する法律」、俗にいう「風営法」が見直された。大幅に改正されたものが‘85年に施行となり、取り締まりが強化されるようになった。
 本来ならディスコは「キャバレー」というカテゴリーで届け出をしなければならないが、この改正によってそのカテゴリーは午前0時までしか営業ができなくなった。改正以前はほとんどのディスコは午前2~3時まで営業していた。終電がなくなってからが、本当の「夜」だったのだ。
 風営法の改正によって、ディスコが終わるまで遊んで、始発までは六本木の「ジャック&ベティ」で薄いコーヒーを飲みながらうつらうつらする、なんてのん気なことが許されなくなったわけ。

 

 各店舗にとっては死活問題。それぞれ工夫を凝らして、というか、今なら炎上必至の対策をあれこれ駆使して、生きながらえていた。
 マハラジャは「カフェ&バー」と届け出ていた。ということを、私は黒服に聞いたのかハナコ(仮名)が噂していたのを耳に挟んだのか忘れてしまったが、常連なら誰でも知っている事実だった。
 とはいえ、敵もさる者。当たり前か警察なんだから。
 わりと頻繁に、午前0時を過ぎてから、抜き打ちで確認しにくる。本当に、ディスコでなくてカフェ&バーなのかどうかを見に来るのだ。
 ドレスコードのチェックをしているドアマンが、警察の来店を察知するとイヤフォンマイクでそれを店内に伝える。すると、店内の照明が明るくなり、大音量でかかっていたダンスミュージックが突然切れ、原色の制服を着たウエイターたちはフロアで踊っている客を蹴散らしながら、そこに椅子とテーブルを運んでくる。私たちは何食わぬ顔をして運ばれた椅子に座り、おしゃべりを楽しんでいますよというふりをする。すると、いつの間にか遠慮がちなボリュームでスロー・バラードがかかっている。

 

「マハラジャ」のフロアは2階、入り口から人でごった返す1階を通ってフロアに着くまで、1~2分はかかる。その間に、2階はギラギラしたディスコから健全な(というべきなのか?)カフェ&バーに様変わりするのだ。演劇の舞台の設営変換みたいな感じ。遊びに来ていた客たちも役者の一人として参加することになる。
 おしゃべりを楽しんでいる客を演じているといかついスーツ姿で眼光の鋭い男性二人組が階下からあがってきて、隅から隅までのしのしと歩き回って帰っていく。彼らがいなくなると、その夜は取り締まりが入ることはないから、いつもにも増して客もDJもウエイターもノリがよくなる。アフター・ポリス・パーティという感じだった。

 

 ある時期から、マハラジャでは営業が終わる合図にユーミンの「とこしえにGoodNight」という曲がかかるようになった。その歌にこんなフレーズがあった。
――騒ぎ疲れて眠るのも、もう飽きたわ
 マハラジャで遊んだ後、明け方ベッドに入る時は歌の通り「もう飽きた」、なんて思っていても、次の夜が来ると、なんとなく麻布十番方面が気になってしまうのだった。

バブル、盆に返らず

甘糟りり子(あまかす・りりこ)

玉川大学文学部英米文学科卒業後、DCアパレル会社勤務を経て執筆活動をスタート。『東京のレストラン 目的別逆引き事典』(光文社)など、グルメ、ファッション、クルマ、音楽、映画など、時代の最先端のエッセンスをちりばめた作品が話題に。また、『中年前夜』『エストロゲン』(ともに小学館)など、都会に生きる大人の女性のリアリティを描いた小説でも注目を集める。近年は、妊娠・出産をさまざまな視点で描いた短編小説集『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』が大きな反響を呼ぶ。近著は『鎌倉の家』(河出書房新社)、『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)。
Instagram : @ririkong
Twitter : @ririkong

イラスト / 久木田知子
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