第17回 「流行の廃棄処分」
甘糟りり子『バブル、盆に返らず』

ryomiyagi

2021/02/22

 年下の友人や若い仕事仲間にバブル時代のことをよく聞かれます。
「深夜のタクシーが争奪戦で、一万円札を頭上に掲げて拾ってたって本当ですか?」
「女性は、夜遊びに行く時、一切財布に手をかけなかったんでしょう?」
「ワンカットの撮影のためにスタッフ全員で海外に行ってたって、まさかですよね?」
 そうそう、それ全部ほんとのこと、なんて答えながら、なんだか私も不思議な気持ちになります。お伽話をしているのではないか、そんな錯覚を起こすのです。
 この際だから、記憶にあることを書いておこうと思います。日本にあんな時代は二度と来ないでしょうから。明日は今日よりもっとわくわくすることが待ち構えているに違いない、何の根拠もなくそう信じでいた、あの頃のあの雰囲気がなつかしい。
ナウい昔話するんで、イチゴを落としたシャンペンでも飲みながら読んでもらえたらうれしい、みたいな〜。

 

 ‘80年代、デザイナーズ・ブランドが大流行した。当時はまだカリスマなんて言葉は知られていなかったけれど、強烈な個性を持った誰かのフィルターを通すことで、他の人とは違う自分を確立させられるとみんなが思った。
 大学を卒業した私はデザイナーズ・ブランドのメーカー「BIGI」に入社した。’87年のことだ。
 大「学生」といってもほとんどの時間をディスコと苗場プリンスと逗子マリーナで過ごしていた私は、今にして思えばとんでもない社会人だった。新入社員は入社前、商品管理課という部署で研修をする。各店舗の売上表と電卓を渡され、売り上げの合計を計算するようにいわれた。

 

「私って文学部の人なんで、無理です。理系じゃありません」

 

 自分ではまったく記憶にないのだけれど、バカ大学生の私はこういい放ったと後から聞いた。本当だろうか。自分が怖い。
 入社してからは販売研修に出る。実際に売り場に立って、一枚の服を売る大変さを知るためだF。私はMOGAというシックなブランドの丸井渋谷店に行くことになった。丸井は若者とファッション関係者になくてはならない場所だった。丸井の赤いカードによって、私たち若者はローンという概念を知った。欲しいものがあってお金がなかったとしても我慢することはない、分割払いにすればいい。多くの若者がその発想を取り入れ、高価なデザイナーズ・ブランドの服を12回払い、24回払いで手に入れたのだ。

 

 販売研修中は自社製品を着なければならないので、私は取り急ぎ、ブランド名の入ったTシャツを社販で買った。胸の下辺りまで伸びた髪、こんがり日焼けした肌、Tシャツに合わせてジーパンを穿いて店舗にいった。逗子マリーナで遊び呆けていた大学生のまんまだった。私を見て店長は頭を抱えた。

 

「なんてかっこうしてるのっ。倉庫の整理じゃないのよ。そんな人から誰がうちの服を買うと思う? お客様が買うのはただの布切れじゃないのよ」

 

 お客様はMOGAというイメージお金を払うと諭された。私はそのイメージをぶち壊しているのだとも。
 工場研修でもやらかした。研修中は長野の小諸市のビジネスホテルに泊まり込んだ。工場の朝は早く、超夜型の私は毎日遅刻ギリギリだった。眠くてうとうとして機械の操作を誤り、トレーナー数十枚の袖を切り落としてしまったのだ。

 

 売り場と工場の体験を終え、本社に戻ると会社あげての大イベントがあった。ヨシエ・イナバのコレクションである。 BIGIの創立メンバーである稲葉賀恵先生の名前を冠した同ブランドはBIGIグループの中で最も格式の高いブランド。ディスコでワーワーやっている私には敷居が高く、雲のうえにある感じだった。

 

 当日は、新入社員も全員、背中にブランド名の入った白シャツを着て、会場に椅子を設置したり、楽屋でモデルの飲み物を用意したり、もろもろの雑用をする。楽屋のテーブルには小ぶりのおにぎりがきれいに並んでいた。おいしそうだったので、私はその中の一つを口に放り込んだ。しばらくして、ヨシエ先生の秘書が楽屋に入ってきて、血相を変えた。

 

「あらっ。おにぎりが一つなくなってる。何があったのかしら」
「それ、なかなか、おいしかったですよぉ」

 

 私が答えた途端、楽屋じゅうの人が驚いた顔でこちらを見た。おにぎりは秘書が毎回コレクション成功の願いを込めて、ヨシエ先生と常連のモデルのためだけに心込めて作るそうで、新入社員がつまんではいけないものだったのだ。

 

 けっこうな騒ぎになった。おにぎり一つぐらいでガタガタいわなくてもいいじゃない、私は心の中でつぶやいた。多少ふてくされていたかもしれない。途中から雑用すら頼まれなくなって、やることが何もなくなった。ショーが始まってからは、新入社員は全員、客席の後ろのそのまた後ろに立ってショーを見る。私は、モデルたちが優雅に裾を翻していく様子を最初は他人事のように眺めていた。

 

 ステージでは、美しいシルエットで絶妙な色合いのドレスやブラウスやスカートたちがやわらかく空気を揺らす。私の知らない、美しい世界が繰り広げられていた。
 いつの間にか涙が出てしまった。モデルのポーズ一つ一つがはかないアートのように思えた。フィナーレで賀恵先生がステージ現れた時は声をあげてしゃくりあげてしまい、ついこう叫んだ。

 

「ファッションってすてき!」

 

 今度はみんなに苦笑された。

 

 私は早速、本社の地下にある倉庫にヨシエ・イナバの服を物色しにいった。すっかり虜になり、自分でも着てみたいと思ったのだ。今まで他人事だったのに、あれも欲しいこれも似合うかも、と目移りしまくった。とはいえ、グループきっての高級ブランド。社販の割引を利用しても、簡単に買える値段ではない。ワンピース一枚でも新入社員の給料一月分ぐらいである。ダーツがたくさん入った白いブラウスを一枚買って、紺色のワンピースはあきらめた。

 

 BIGIでは、現場の販売員やデザイナー部門の人たちはよく、服やバッグやバッグのことを「この子」といった。最初に耳にした時はぎょっとしたけれど、働いているうちに気持ちがわかるようになった。それぐらい作り手の心血が注がれている。今では私も自分の本が刊行される度に我が子を送り出すような心境になる。あれと同じだ。
 流行りの服は単なる布切れではない。デザイナーズ・ブランドで働いているうち、ダメ社員なりに販売研修でいわれた言葉が身に染みた。

 

 やっとファッションがなんたるかを知る入り口に立った気がしていたある日、社員全員に休日出勤が命ぜられた。先輩たちの口ぶりからどうやら恒例のことらしい。動きやすい服装で来るように、とのことだった。
「廃棄処分」の日である。
 売れ残った商品をまとめて廃棄するのだ。在庫で抱えていると資産扱いになって税金がかかってしまうそうだ。
 本社は有名建築家によるコンクリート打ちっ放しの二階建てで、地下には巨大な倉庫があった。そこに全ブランドの服がひしめいていた。
 当日は地下の倉庫に集まり、社員総出で各店舗から返ってきた在庫を段ボール詰める。男性社員の何人かがその段ボールを地上の駐車場に運ぶ。そこには大きなトラックが待っていた。トラックはどこか遠くに行って、それらの服は断裁されると聞いた。

 

ファッション業界のここ数年のテーマは、もっぱら「サステイナブル」。フランスのリサイクル会社・Vestiare Collectiveは今やメジャー企業となり、服やバッグの循環は当たり前。トム・フォードも「オーシャン・プラスチック・タイムピース」を発表するなど、ラグジュアリーの概念も激しく変わっています。

 

 いつもは最新ファッションを身につけている営業マンやデザイナーも、その日はカジュアルな動きやすい服で、一つの段ボールになるべくたくさんの服を段ボールに詰めていく。みんなほとんど口を聞かない。そんな時間がないのだ。シワになろうが、形が崩れようがおかまいなし。ぎゅうぎゅうに詰め込む。中には私が販売研修で扱ったものもあったりして、最初は胸が痛んだけれど、機械的に服を押し込んでいくと感情が動かなくなる。躊躇なく乱暴に扱えるようになるのだ。殺し屋ってこんな感じなんだろうか。そんなことを考えながら、いったん伸びをした。すると同期の営業マンと目があった。彼が手にしていたのが、ほんの数ヶ月前、私がここで見つけてあきらめたヨシエ・イナバの紺色のワンピースだった。営業マンは他の服と一緒に乱暴にそれを押し込んだ。

 

 ほんの数日前まで店頭できれいに並び、ちやほやされていた「今シーズン」の服や靴やバッグたちは、今シーズンでなくなった途端、大切にされなくなるどころか邪魔ものになってしまうのだ。
 この時、昭和六十二年。世の中にはまだ「サステイナブル」なんて言葉や発想はみじんもない。人々の欲望が何より優先されていた時代だった。
 流行ってはかない。
 廃棄処分の光景は私に流行の残酷さを教えてくれた。

 

 数年後、雑誌の編集部に出入りを始め、そのうち流行りものについて自分の名前で原稿を書くようになって、一時期は「トレンド・ウォッチャー」なんて呼ばれたりもした(自分で名乗ったことはない)。流行がちやほやされるのはほんの一瞬。旬が過ぎれば、大衆は冷たく手のひらを返す。だからこそその一瞬が輝く。その瞬間を追いかけているうちに、そんな肩書きがついてしまった。

バブル、盆に返らず

甘糟りり子(あまかす・りりこ)

玉川大学文学部英米文学科卒業後、DCアパレル会社勤務を経て執筆活動をスタート。『東京のレストラン 目的別逆引き事典』(光文社)など、グルメ、ファッション、クルマ、音楽、映画など、時代の最先端のエッセンスをちりばめた作品が話題に。また、『中年前夜』『エストロゲン』(ともに小学館)など、都会に生きる大人の女性のリアリティを描いた小説でも注目を集める。近年は、妊娠・出産をさまざまな視点で描いた短編小説集『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』が大きな反響を呼ぶ。近著は『鎌倉の家』(河出書房新社)、『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)。
Instagram : @ririkong
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イラスト / 久木田知子
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