第19回「レストランで常連になる方法」
甘糟りり子『バブル、盆に返らず』

ryomiyagi

2021/04/05

 年下の友人や若い仕事仲間にバブル時代のことをよく聞かれます。
「深夜のタクシーが争奪戦で、一万円札を頭上に掲げて拾ってたって本当ですか?」
「女性は、夜遊びに行く時、一切財布に手をかけなかったんでしょう?」
「ワンカットの撮影のためにスタッフ全員で海外に行ってたって、まさかですよね?」
 そうそう、それ全部ほんとのこと、なんて答えながら、なんだか私も不思議な気持ちになります。お伽話をしているのではないか、そんな錯覚を起こすのです。
 この際だから、記憶にあることを書いておこうと思います。日本にあんな時代は二度と来ないでしょうから。明日は今日よりもっとわくわくすることが待ち構えているに違いない、何の根拠もなくそう信じでいた、あの頃のあの雰囲気がなつかしい。
ナウい昔話するんで、イチゴを落としたシャンペンでも飲みながら読んでもらえたらうれしい、みたいな〜。

 

 ネットがなかった頃、情報というのは足で稼ぐものだった。なーんて、昭和の新聞記者がいいそうなことを書いてしまった。でも、いい店新しい店の情報は、街を歩き回って仕入れなければなかなか手に入らなかったのは本当である。常連同士の何気ない会話やスタッフのぼやき、そういうところから情報を仕入れる。つまり、食べログもない時代、店側からすれば、雑誌とテレビの取材さえ受けなければ、「その他大勢」の客がずかずか入ってきて雰囲気をぶち壊されることもなかった。

 

 「その他大勢」からちょっとでも抜け出したかった私は、いい店新しい店の情報を仕入れることにエネルギーのほとんどを使っていた。所轄刑事の聞き込みのごとく、そこらじゅうで聞き耳を立て、嗅ぎまわり、導かれるままに足で回った。新聞記者の次は刑事とは、硬派な職業に憧れとコンプレックスがあるのかもしれない(何しろ、元トレンドウォッチャーですからね……)。

 

 そんな私から、効率よくいい店新しい店情報を聞き出しては利用していたのが、編集者の原田さん(仮名)だ。

 

「最近、どっかいいとこあった?」

 

 定期的に連絡がきた。ある時、私が白金台のプラチナ通りに新しくオープンしたばかりの「レカイエ」について自慢げに語ったところ、翌日ランチをすることになった。
「レカイエ」はワインの輸入商「エノテカ」が手掛けた魚介類専門のレストラン。南仏の漁市場をイメージした明るいインテリアだった。入ってすぐのところに氷を張った大きなケースがあって、さまざまな魚介類が並んでいる。通りに面した壁はガラス張り。晴れた日はたっぷりの陽光が降り注ぎ、気持ちのいい空間だ。

 

レストランは、プラチナ通りのふもと近くにありました。「レカイエ」とは、牡蠣職人の意味。牡蠣を目利きし、開ける技能を持つ人の意味があります。

 

 仕事の話をしながらのランチだったが、食べ歩きの好きな共通の知人の噂になった。その人はいろんな事情が重なって、元彼女と元妻と現在の結婚相手と同じテーブルを囲む羽目になったという。その時の様子を、身振り手振りを交えながら、まるでその場にいたかのようにおもしろおかしく話してくれた。

 

「いいレストランってさ、そういう気まずい会食でも楽しい記憶に塗り替えちゃうようなとこ、あるよねえ」
 すっかり「レカイエ」が気に入ったようで、ランチが終わる頃に支配人を紹介して欲しいといわれた。原田さん(仮名)は名刺を差し出しながらいった。

 

「いやー、すばらしい空間ですね。おいしいだけでなくて、居心地もいい。僕もそれなりにいろいろいっていますが、最近行った中でナンバーワンですねえ」

 

 支配人も名刺を差し出す。

 

「それはありがとうございます。何分にもまだオープンしたばかりですので、今後ともよろしくお願いいたします」
「早速、次の予約を取らせていただけますでしょうか」
「もちろんでございます。お日にちは?」

 

 と、まあ、ここまではよくあるやりとり。

 

「ええっと、もし空いていましたら、今夜。3名なんですが」
「今夜?」
 と、ついすっとんきょうな声を出してしまったのは私である。支配人はにこやかな表情を崩さずそれに応じた。
「今夜、3名様ですね。かしこまりました、原田様(仮名)。テーブルをお取りいたします」
 店を出るなり、私はつぶやいた。
「昼と夜、同じお店に行くなんて……」
「これが効くんだよ」

 

 なんでも原田(仮名)理論によれば、オープンしたての頃に続けて3回行けば、名前も顔もばっちり覚えられ、その次がたとえ一年後であろうと「いつもありがとうございます」といわれるそうだ。逆にいえば、そういわないような店には「行く価値がない」。1回目と2回目の間隔はあまり空かない方がいい、ましてや昼に行ってその日の夜なんて店側からしたら忘れようがない、とまくし立てられた。

 

「これが常連になるための近道ってわけ」
 得意げにいった。
「昼夜同じもの食べてまで常連になりたいんですか?」
 そう問うと、間髪入れずに返事がきた。
「もちろん! そのために東京にいるといっても過言ではない」

 

 私にはまだそこまでの覚悟はない。自分の中途半端さを反省した。

 

 その日の夜、私は車で出かけていて、「レカイエ」の前を通ると、昼間とまったく同じ席で、同じ表情&同じ手振り身振りで話す原田さん(仮名)がいた。おそらく、自分の知人がいろんな事情が重なって、元彼女と元妻と現在の結婚相手と同じテーブルを囲む羽目になったことをおもしろおかしく話しているのだろう。まるで見ていたかのように。いいレストランには気まずい会食でも楽しい記憶に塗り替えてしまう威力がある、とかなんとかいいながら。

 

 原田さん(仮名)には、さらに手段があった。これと思った時は仕事で付き合いのある某大物写真家を連れて再訪する。好みを熟知している原田さん(仮名)が選ぶわけだから、写真家が気に入らないわけはない。撮影の後なんかに被写体の女優やモデルたちとそこを訪れるようになる。すると、店の人にとって彼女たちは原田さん(仮名)の連れてきた客とカウントされる。それも常連になるための近道なのだと教えてくれた。アム○エイみたいだなあと思った。

 

 原田さん(仮名)とは食べ歩きの話ばかりしていたわけではない。鎌倉のイタリアン・レストランでお会いした時、フィクションもいいけれど徹底的に取材をして事実を書くという経験をした方がいいとアドバイスを受けた。暑い夏の終わりだった。レモンチェッロを飲みながら、こんなことをいわれた。
「自分の中にあるものだけでまかなおうとすると、そのうち痩せちゃうよ。10取材して1を原稿にする、甘糟さんもそういうことをした方がいい。誰かこの人のことを徹底的に調べたいっていう対象はないの?」

 

 私は反射的に尊敬している人の名前を口にした。尊敬の気持ちだけではなく、得体の知れないところがいつも不思議だったから。
「ホイチョイの馬場さん」
「なるほど。それは僕も読みたいし、原稿を受け取りたいけれど、馬場さんが許さないね」
 馬場さんは作品ではなく自分自身が露出することを嫌う。ましてや私ごときに取材などされたくないだろう。あり得ないのは承知でいってみたのだ。その話はそれで途切れ、編集者の噂話になった。

 

 店を出て、鎌倉駅西口で別れ際に原田さん(仮名)はいった。
「馬場さんの目の黒いうちは絶対無理だから、変な話だけれど、馬場さんがさ、そのう……、亡くなったら僕と甘糟さんで馬場さんの本を作ろう」

 

 原田さん(仮名)はその二週間後、出張先の香港で倒れて入院され、意識が戻らないまま亡くなった。
 本来なら香港で倒れた翌日は、帰京して渋谷のレストランで会食があったそうだ。紹介制のその店の予約を取ったのは原田さん(仮名)で、集まるはずの誰もが店の住所しか知らされておらず、キャンセルしようにもネットでいくら調べても電話番号がわからなかった。仕方がなく、原田さん(仮名)抜きで集まったと後から聞いた。

 

 このレストランにもきっと立て続けに通ったに違いない。

バブル、盆に返らず

甘糟りり子(あまかす・りりこ)

玉川大学文学部英米文学科卒業後、DCアパレル会社勤務を経て執筆活動をスタート。『東京のレストラン 目的別逆引き事典』(光文社)など、グルメ、ファッション、クルマ、音楽、映画など、時代の最先端のエッセンスをちりばめた作品が話題に。また、『中年前夜』『エストロゲン』(ともに小学館)など、都会に生きる大人の女性のリアリティを描いた小説でも注目を集める。近年は、妊娠・出産をさまざまな視点で描いた短編小説集『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』が大きな反響を呼ぶ。近著は『鎌倉の家』(河出書房新社)、『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)。
Instagram : @ririkong
Twitter : @ririkong

イラスト / 久木田知子
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