「手取り足取り何度も教えてあげれば何でもできるようになる」の罠
岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』

 

「う~ん、頭は悪くないんだよなぁ。でも、色々できませんねえ。まあ、こういう子は手取り足取り何度も教えてあげれば何でもできるようにはなるんですよ」

 

先生は知能指数検査(田中ビネー)の結果を見ながら宣った。

 

こういうセリフは、発達障害のお子さんをお持ちのご家庭であれば、割とどこのクリニックでも経験することになる。

 

そう聞くと、「おお! 何でもできるのか! なんだ、障害っていっても大したことないじゃん。よかったね!」などと言われるのだが、前提条件を忘れてはいけない。「手取り足取り何度も」である。これは並大抵のことではない。

 

以前にも書いたことがあるが、IT屋の拙い理解では、知的障害はCPUにトラブルが、自閉症スペクトラム障害は入出力インタフェースにトラブルがあるようなものなのだと思う。CPUは命令を解釈して実行するコンピュータの中核機器である。ここにトラブルがあるのは確かに痛い。実行できる命令に制限がかかるからだ。

 

しかし、CPUが動いていれば、入出力に問題があってもいいのかと問われれば、全然そんなことはない。「静かにしてて」と指示したはずが、「大いに笑い転げろ」と聞き取られるのかもしれないのだ。大惨事になりかねない。

 

そうした特性を持っている子に、「何度も繰り返し教えてあげる」のは波打ち際で砂の山を100mほど積み上げる行為に似ている。消耗する。特別支援教育のコストが普通教育の9倍もかかるのは伊達ではないのだ。

 

for(int i=0; i<100; i++) {
「ごはんはね、手で食べちゃまずいよ。ちゃんとお箸を使おう。あー、持ち方違うね」
「手を使った方が早く食べられるから、箸を使うのはおかしい」
「効率を考えるとそうだねえ。でも、文化的な背景もあってね……。あ、また箸の持ち方違うね。そもそもスキルを上げれば効率もよくなるよ」
「わかった。手は使わない」
「なるほど、丸呑み! そうきたか……って、感心なんかしないぞ。あ、それ箸の持ち方違うね」
}

 

ってことで、これを100回ほど繰り返して、何とか箸を使うことを納得させ、スキルも向上させるわけである。油断すると3日でまた元に戻るけどね!

 

定型発達の子だってそうじゃないかと考える向きもあるかもしれない。子どもはみんなそうだよと。

 

スタートラインは確かにそうだ。

 

どんな子どもだって教えてあげないと、種々のスキルは獲得できないし、そこに投じる教育コストは時間であれ資金であれ努力であれ、膨大である。

 

しかし、定型発達の子は、次第にスキルを、知識を、知恵を自分で獲得するようになる。加速度的に親の手を離れていく。勝手に学習を始め、育っていく。

 

この差はでかい。

 

将棋などのタスクに適用されるいわゆる「弱いAI」は、いつの間にか棋力において人間を超えた。その仕掛けはニューラルネットワークにあるとも、クラスタリングにあるとも言われる。でも、そんな理論は何十年も前には知られていた。近年急速にAIが猛威を振るうようになったのは機械学習、すなわちコンピュータが勝手に学ぶようになったからである。それまでは、プログラマが手塩にかけてアプリケーションを調整しなければならなかった。1つ1つ、癇癪を起こしがち、意に沿わない動作をしがちなコンピュータに、遠大な試行錯誤を経て将棋を教えたのである。それこそ、子どもに教育を授けるように。

 

でも、夜を徹した作業を繰り返しても、到達点には限界があった。その限界、その天井が囁かれるようになったころ、機械学習によって自ら学ぶようになったAIにあっという間に棋力で抜かれたのである。

 

人の子もそうだ。教えてあげれば何でもできるのだとしても、受け入れの効率が悪かったり、自ら学ぶ、自ら外界へ働きかける力が制限されているのであれば、やはり到達できる場所には差が出てくる。

 

何が言いたいかというと、「教えてあげれば何でもできるんだから」とあまり根を詰めすぎないで欲しい。それで親も子も疲弊してしまっているご家族をだいぶ見てきた。可能性があることと、実際にどこまで到達できるのかはだいぶ違う。それこそ手製の将棋アプリと機械学習型の将棋AIのように。

 

「自分が手を抜かなければ、定型発達の子と同じ水準まで至れたのではないか」と自分を責めたりもしないで欲しい。それはたぶん無理だ。世界に対するアプローチの仕方が違うのだから。

 

でも、両者は違うだけで、たとえば手製の将棋アプリが将棋AIに劣っているとも思わない。AIはただ結果を出すだけ、示すだけで、途中の思考プロセスは謎に包まれている。一方、お手製の将棋アプリは内部のロジックを人間がすべて把握している。もしかしたら、棋理の探索に役立つのはお手製アプリのほうかもしれない。

 

自閉スペクトラムの子も、思考アルゴリズムや情報が脳に届くまでの経路が違うのだろうけれども、それは「違う」だけで劣っているとはあまり思っていない。世の中に変わった視点を提供する役割が与えられているのかもしれないのだから。

 

発達障害に関する読者の皆さんのご質問に岡嶋先生がお答えします
下記よりお送りください。

 

大学の先生、発達障害の子を育てる

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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