特別支援学級でもプログラミング教育をやってほしい理由
岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』

bw_manami

2019/09/19

 

2020年から小学校でプログラミング教育が必修化される。

 

当たり前といえば当たり前と言えるのだろうけど、特別支援学級や特別支援学校のカリキュラムにおいては、その限りではない。
まあ、確かに。

 

普通級だって、どんなふうにプログラミング教育を行えばよいのか、ほんとうにちゃんとやれるのか、まだまだ混乱の最中にある。猫の手も借りたいような状況で、特別支援教育にまで手を出していられない状況であることは、とてもよくわかる。

 

念のために解説しておくと、今回のプログラミング教育必修化は、20世紀から連綿と続けられてきた「生きる力」を身につけさせようという試みの延長線上にある。

 

詰め込み型の知識偏重教育では、多様化し、グローバル化が進み、競争が激化する社会を生き抜けない。だから、論理的思考能力を軸に生きる力を!ということで、ゆとり教育やPBL(問題解決型学習)やアクティブラーニングが行われた。

 

結論から言うと、どれもあんまりうまくいかなかったのである。

 

そこで今回出てきた次のカードがプログラミング教育である。

 

2020年から始まるプログラミング教育必修化では、小学生にプログラミング言語を教えることを主眼にしていない。あくまでも、その辺はとっかかりで、プログラミングを通して次のような力を身につけさせるとしている。

 

・複雑な情報を読み解く

・解決すべき事柄の発見

・解決の方向性の提示

・多様な他者との協働

・ITの積極的な活用

 

最後の「IT」はともかくとして、他は「生きる力」とか「考えさせる教育」、「論理的思考能力」「問題解決能力」などで言われていたことと一緒である。目的は一緒で、そのためのツールが変わったということだ。

 

最近この問題に取り組んでいたツールとしては、アクティブラーニングがあったが、あれは親も子も負担が大きいし、楽しんで取り組める子ばかりではない。コンピュータを使ったプログラミングであれば、喜んで取り組んでくれるのでは?といった思惑も見え隠れする。

 

その是非は別の本で書いたので、詳細はそちらに譲るが、コスト的に無理だろうなあと思いつつ、特別支援教育でもやって欲しいなあと思ってしまった。

 

以前にも書いたが、コンピュータ屋の稚拙な理解では、知的障害はコンピュータでいえばCPUがトラブルを抱えているように見える。発達障害のなかでも自閉スペクトラムは、入出力機構のトラブルだ。

 

人とは違う経路やメカニズムで情報が入ってきて、そして出て行くのであれば、そりゃあ発語は遅れるだろうし、コミュニケーションは苦手だろう。でも、この場合、入出力機構は止まっているわけではなく、歪んでいるだけである。

 

だから、コミュニケーションの方法を変えれば、あるいはコミュニケーションの相手を変えれば、機能する場合がある。

 

で、自閉スペクトラムの子は、人間相手のコミュニケーションは苦手でも、コンピュータ相手のコミュニケーションは得意である子も多いと思うのだ。

 

ぼく自身がそうだった。ぼくはセリフが1つしかない学芸会を回避するために、ありとあらゆる仮病テクニックを駆使するような小学生だった。もちろん、人前でしゃべるような授業、イベントは戦略的かつ全力で回避した。人との意思疎通がうまくなかったし、苦痛だったのだ。

 

でも、コンピュータとの意思疎通は快適で、楽しかった。

 

プログラミングというと、引きこもって一人で行う孤独な作業のように思われるかもしれないが、あれは一種のコミュニケーションだ。

 

コンピュータにやって欲しいことを、コンピュータの立場に立って、コンピュータの考え方に準じて、コンピュータがわかる言語で書く。それがプログラミングである。満艦飾のコミュニケーションだ。

 

人とのコミュニケーションは苦手でも、コンピュータとのコミュニケーションは得意だったり、人の考え方はうまく理解できなくても、コンピュータの考え方はすんなり理解できてしまう子は確実に存在する。そして、そのクラスタの中に、けっこう多くの自閉圏の子が存在している気がするのである。

 

ぼくは、10歳のときに自作のプログラムが雑誌に掲載されて、はじめてこの世界に自分の居場所を見つけたような気になれた。IT業界を見渡せば、すました顔で仕事をしているが、「明らかにぼくと同類ですよね」という人にぽこぽこ出くわす。

 

現代社会はコミュニケーション能力の高い人が賞賛され、就職時にも優遇される。個の多様性が増し、コミュニケーションコストが社会全体で高くなっている状況では、これは必然的に生じる構造である。だから、自閉スペクトラムの子であっても(苦手な)対人コミュニケーションの訓練がたくさん教育メニューに入っている。

 

もちろんそれは継続するべきだ。あった方が生きやすくなる能力なのだから。でも、対人コミュニケーションが苦手でも、コンピュータ相手のコミュニケーションで喰っていってもいいと思うのだ。発達障害と認定される子が増加の一途を辿り、その子たちが将来生活保護を受ける人になるのか、それとも生計を立てる道を得て税金を払う側の人になるのかで、この国に与えるインパクトはかなり変わってくる。

 

ぼくは、自閉スペクトラムの子にも、できれば何か楽しい仕事を見つけて、税金を払う側の人になって欲しいと思うし、その受け皿としてIT業界が機能するのであれば、こんなに嬉しいことはない。

 

そう考えるにつけ、「ああ、特別支援教育でも、ちょっとでもいいからプログラミング教育をやって欲しかったなあ」と思ってしまうのだ。

 

発達障害に関する読者の皆さんのご質問に岡嶋先生がお答えします
下記よりお送りください。

 

大学の先生、発達障害の子を育てる

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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