ABAは効きますか?
岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』

 

ABAについて聞かれることが多いので、ちょっと書き留めておこうと思う。

 

ABA(Applied Behavior Analysis:応用行動分析学)は、様々な分野で使われる手法だが、自閉スペクトラムの子に適用する場合は、問題行動の是正が目的となる。

 

しっかりしたエビデンスがある療育手法と紹介されることもあるが、TEACCH(自閉症やコミュニケーションに困難を抱える子ども向けのケアと教育の手法:すっきりした空間をつくりその場で何をすればいいかを一目瞭然にしたり、予定を立てるのに絵カードなどを使う構造化手法が有名)なんかもエビデンスはあるよなあ、とも思う。ぼくの知見は極めて局所的な体験か、論文ベースでしかないので、正直なところ手法としての優劣はよくわからない。

 

効くか効かないかでいったら、ぼくの子には圧倒的に効いたが、療育も教育も「その子に向いた手法」が確実にあって、個人差がとても大きい。

 

たとえば、ぼくが「インターネットについて知るなら、まずはプロトコルの話からだよな」と確信していたとして、その教え方が強烈に効く子もいるし、いきなりプロトコルの話をされて、嫌になってしまう子もいる。

 

ABAも、「ぼくの子には効いたけど、他でも効果があるかは人によると思います」が誠実な回答だろうと思う。

 

ABAの専門的な本は星の数ほど出ているから、詳細で正確な説明はそちらに譲るとして、あれは人間を関数として捉えているのだと思う。

 

入力に対して、出力が得られるから、人間は確かに関数ではある。

 

 

お寿司になにをつけますか?(入力) → 人間(関数) → そうですね、お酢がいいです。(出力)

 

 

人間は複雑なので、SUM関数やROUND関数のように、容易に出力が予想できるものではない。ただ、社会生活を送る上で、ある程度の範囲に出力が収まっていないと、めんどうなことになる。

 

上の例で言えば、お寿司にお酢をつけるのは、ダメとは言わないけれども、まわりの人に奇妙なくだものでも見るかのような目で注目されるのは目に見えている。

 

ABAはこの出力をいじる。

 

「お酢」って答えたら、お寿司が食べられないけれども、期待される答えである「お醤油」を回答すると、お寿司が食べられる。こうした学習を積み重ねていくことによって、「望ましい行動」を徐々に選択できるようになっていく。

 

 

このやり方には批判もある。一種の条件付けのようだし、望ましい行動ができなかった場合にはお寿司が得られないというパニッシュメントがあってかわいそうだ。動物の調教のようだと言う人もいる。

 

字面だけとらえると確かにそうなのだが(というか、そういう印象をもたれるように食べ物の例をあげたが)、ABAの現場は実際にはすごく楽しい。

 

訓練を受けた先生は、そもそも子どもに失敗させない。挫折はときとして強烈にその子の成長を促すことがあるが、定型発達の子でさえ使いどころを間違えると悪影響のほうが大きい。まして、発達障害がある子に、あえて挫折させる教育・療育方法は向かないと思う。

 

ABAはパニッシュメントによってその子の行動を変えていくのではなく、成功体験を積ませることにその本質があると思う。

 

先の例で言えば、療育を受けている子が「お酢」などと言いそうになってしまったら、「うっひょぅ~~~~、お寿司にはお醤油だよなあ。わはははは!」などと言いつつ、お寿司に醤油をだぼだぼかけて、「こういうときに、期待される行動は醤油なんだ」と気付かせる。

 

「うまくお醤油を選べたね! じゃあ、いっしょに食べようか!」などと、別にうまく選べたわけでもないのに、強引に成功させてしまって、成功体験を蓄積する。あれ、一緒に見てるだけでも、なんだか楽しいよ。

 

もちろん、そればかりだといつまでも他者のサポートが必要になってしまうので、徐々に介入の頻度と強度は減らしていく。そのうち、介入されなくても、正しい(社会的に望ましいとされる)行動を選択できるようになる。個人的には、お寿司にお酢をかけて食べてもいいと思うけど。まあ、日本は同調圧力が強いから、みんながいいと認める方法に馴染めた方が苦労は少ない。長期的に見て、それが良いか悪いかはよくわからない。自閉症を受け入れられる社会は、きっとイノベーションがおきやすい社会だとは思う。

 

また食べ物の話になるけれど、ぼくは酢飯が大好きで、かつ生ものがだめだったので(まぐろしか食べられない)、子どもの頃は人のシャリだけもらうか、お寿司屋さんに酢飯だけ届けてもらっていた。いまでも、しゃぶしゃぶの食べ放題などに行くと、肉には目もくれずマロニーだけを食べ続けているので、お店の人にはとても異様に見えるだろう。

 

ただ、万人に効くと保証されたものではないことと、その構造からいってS/T値がとても低い手法なので(最初はマンツーマン、症状に改善が見られると少人数グループに移行するが、手法的な限界で大人数には対応できないだろう)、コストはかかる。

 

大教室のクラスルームトレーニングを行う予備校はそんなに高額ではないけれど、同じ時間を家庭教師で埋めようとしたら恐ろしいほどの出費になるのに似ている。日本では保険適用にはならないし。お金持ちの人はともかくとして、「効果がある」と言われる水準の頻度でABAを受けようと思ったら、何かを諦めなければならないくらいのインパクトを持つ出費にはなる。

 

 

ぼくの場合は、ほぼ唯一の趣味だったカートに行けなくなった。12歳から始められるカーレースで、将来F1を目指すような子がいたり、のんびり走っているおじさんがいたりして、とても楽しいのだ。マシンにいろいろ錯覚させる工夫がしてあって、最高時速は100km/hくらいのものなのだけれど、体感速度は倍以上になる。

 

カートがダメになったので、たまの休みにはますますゲームで二次元世界に耽溺するようになった。あれ、貴重な現実との接点だったんだけどなあ。

 

発達障害に関する読者の皆さんのご質問に岡嶋先生がお答えします
下記よりお送りください。

 

大学の先生、発達障害の子を育てる

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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