わかることとやれることは違う
岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』

 

「川の字はさ、縦棒を三本引くんだけど、一番左側のやつは下部分がちょっとだけ左側にカーブするんだよ」
「なるほど。わかった」
「いやいやいや、わかってないじゃん! また平行になってるよ」

 

こういうことは、よくある。

 

自分で考えていることと、入出力がちぐはくになることは、発達障害の大きな特性の一つだ。

 

でも、「それで何が困るのか?」は、今ひとつピンとこないだろうと思う。それで、ちょっと思い出したことがある。

 

これは、ぼくの話でもなく、ぼくの子の話でもない。ぼくのゼミのメンバ(架空の人物という設定でいきましょう)のエピソードだ。彼は別に発達障害ではなかったけれど、ちょっと入出力がちぐはぐな傾向があった。

 

あるとき、ゼミの研修旅行が企画された。

 

ぼくのゼミではとても珍しいことである。好きでぼくのゼミに入ってくる子など、アニヲタかヘビーゲーマーしかいない。ぼく自身がそうなのだから、似たような人の巣窟になるのは自明である。

 

前任校では学生さんがゼミを選ぶために、ゼミで何をやっているのかテーマを掲げて紹介する時間があったが、ぼくのゼミはいつも「リハビリ」だった。別に作業療法などについて研究しているわけではない。ゼミが始まるとまず、「朝起きる生活をしよう」、「1日1度くらいはコンビニに行って、レジの人と『いくらですか』などの言葉を交わそう」とやっていたのだ。いや、盛っているけど嘘ではない。

 

そんな人たちで構成されているので、余計なことで外に出ようなどと発想するわけがない。まことに緊急事態宣言向けのゼミである。

 

でも、ある年のゼミで、「せっかく大学が研修所を持っているのだから、利用しないのはもったいない」という話になった。まったく、魔が差したとしかいいようがない。箱根を歩くことになったのである。

 

とはいえ、全員が自分の性質を理解している。無理をする気などさらさらなく、ハイキングはおろか、ピクニックですらなく、病後の歩行訓練くらいのルートにしようと満場一致で決まった。まさにリハビリである。

 

ルートは発案者が考えてくれることになった。ところが、彼の地図読みが怪しいのだ。地図が理解できないわけではない。むしろ記号や等高線などへの理解は深かった。でも、地図帳(なつかしい。GoogleMapではなかったのだ)を見開きにしたときに、「左ページと右ページの接続は必ずしもシームレスではなく、つながっているはずの道がずれて見えることなどがある」という事実に馴染めなかった。

 

最初に彼が提案したルートに、みんなは驚いた。

 

「このルートで行きましょう」
「え? この道つながってなくない?」

 

明らかにぶった切れている道なのだが、彼はそれは左ページと右ページの段差であって、実際には道はつながっていると主張するのだ。

 

これはさすがにまずいという危機感を皆が覚え、彼にはアドバイザーをつけて再度ルートを検討してもらうことにした。

 

そして、リハビリの当日、道は途絶えたのである。

 

「これ! 明らかにつながってない道じゃん! このずれは、製本ミスとかではあり得ないよね!?」
「えー、そうですかね?」
「アドバイザー! アドバイザーは仕事しなかったの!?」
「いやー、行ける気がしたんですけど」

 

詰んだ。アドバイザーは認知は正確だったが、性格が超楽観的だったのである。

 

かくしてお気楽な歩行訓練は、阿鼻叫喚の地獄と化した。道に迷ったのである。まして、インドアを蹴飛ばしてインドアで煮染めたようなメンバたちである。降って沸いた不幸に耐性があるはずもない。

 

「もう、歩けません。ぼくを置いていってください」
ぼくは、ラノベや映画以外で、はじめてこのセリフを耳にした。おそろしいことである。

 

ことほどさように、思考と行動の齟齬は大きな困りごとを生むことがある。

 

発達障害に関する読者の皆さんのご質問に岡嶋先生がお答えします。
下記よりお送りください。

 

大学の先生、発達障害の子を育てる

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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