コロナ禍と自閉症
岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』

 

自閉傾向の子は、人と人との距離感がつかみにくい。

 

物理的な意味でも、心理的な意味でもそうだ。

 

成長すると人のパーソナルスペースはだいぶ広くなるが、おいおい大丈夫か、そんなに近づくと毛穴の汚れまで鮮明に見えるぞ、というところまで踏み込んでくる子もいれば、そこまで離れてると会話というよりはスマホの助けが必要だぞ、というほど距離を詰めるのに慎重な子もいる。

 

ちなみにぼくの子は前者で、小さいうちはその様がかわいいと言ってもらえることもあるけれど、大人になるとトラブルにしかならないやつである。困った。

 

で、困っていたら、このコロナ禍である。

 

お店や施設の「社会的距離」対応も進み、レジ前の行列に1m間隔、2m間隔のバミリがしてある。

 

まるで、店舗自体が構造化された学びの場になったみたいだ。

 

「他の人が不快にならない距離で話そうよ」とか、
「いい感じに間を空けようよ」などと、いくらゆってもなかなか感覚をつかめなかった子も、
「ああ、この距離が人と人との適切な間隔か」と、秒で理解できる。

 

心理的な距離もいろいろ無効化された。

 

心理的な近しさは、言語以外にも様々な箇所で表出する。身振り手振りや、間の取り方、ちょっとした視線の動きまで。これを追うのは、とっても難しい。

 

でも、対面でのコミュニケーションの機会が少なくなり、オンデマンド映像やチャットで教育や友だちとの会話が進むいま、そういう情報はかなり削ぎ落とされている。

 

字句とその意味だけなら、理解できる子も多い。繊細微妙な心の機微や空気は難易度が高いけれども、文章は読める。なので、遠隔授業になって、むしろ学習が円滑に進んでいる側面もある。

 

ぼくもいいことがあった。

 

ぼくはけっこう潔癖症である。いや、家とか研究室とかとっても汚いというか、地層のように書類が積み上がって、ド○キの店内のような様相を呈しているので、内情を知っている人には何が潔癖症かと怒られそうだが、油に弱いのである。

 

ぼくは授業にしろ、本を書くにしろ、プログラムを書くにしろ、ゲームで遊ぶにしろ、ほとんどキーボードを叩いている。物理的な動きで言えば、一日中ほとんどキーボードを打ち続ける人と形容して間違いない。

 

しかも打鍵スタイルが悪い。かなり筆圧が高いわりに、キートップを斜めにスライドするような叩き方をする。だいぶうるさくて、新幹線のなかで嫌われるあれだ。

 

この叩き方は、指先に皮脂がたまるなど、ちょっとでもぬめりを感じると、とたんに生産効率が落ちる。なんだか気持ち悪いのである。タイプミスも多くなる。ポテチ指など最悪である。

 

なので、マイコンを家に迎えて以降は、子どもの頃からずいぶん頻繁に手を洗うようになった。冬になると、周囲に驚かれるほどにかさかさである。いたい。

 

見栄えも悪いし、でも仕事に使う指なので自分が快適に感じる環境は保ちたいしと堂々巡りするのだが、コロナ騒動でみんな手洗いの回数が増えた。別にそれで手のかさかさが減るわけではないけど、「なんだかあの人よく手を洗うなあ」という目で見られなくなった。だいぶ気が楽である。

 

お付き合いの飲み会などもとても苦手だったけれども(そんな時間があったら、家に帰ってアニメ見たい)、からんとなくなった。

 

他にも集めれば、たくさんの事例があると思う。自閉症と自粛生活はなんだか相性がいい気がする。

 

もちろん、人と直接会うことはとても重要だし、社会の基本構造がそうである以上、自閉傾向の子も、それに馴染んで学んでいく努力が必要である。でも、いくつかの選択肢があって、たまには対面以外のやり方も選べるとなれば、とても助けられる人や、今よりうまくやれる人は多いと思う。

 

これから日常を取り戻して行くであろう社会のなかで、今回の騒動を機に、少し選択の幅が広がるといいなと思う。

 

発達障害に関する読者の皆さんのご質問に岡嶋先生がお答えします。
下記よりお送りください。

 

大学の先生、発達障害の子を育てる

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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