「人のことをコントロールしない」ことを学ばせてくれた  はらだ有彩さんの母(後編)
小川たまか『私たちの母の話』

「テキストレーター」の肩書きで20~30代女性を中心に多くのファンを持つはらだ有彩さん。昨年刊行され話題となった初の著書『日本のヤバい女の子』の中には、母が「ゴリゴリのフェミニスト」だったという記述がある。彼女のお母さんは、どんな人なのだろう。

 

 

■疑問は議論で解決したいのに、社会はそうじゃなかった

 

――お母さんからどんな影響を受けたと思いますか?

 

母はとにかく、自分の意見を言って議論をする人。CMにエプロンをしている女の人しか出てこないのはなぜか、とか。それを見ていたから、私は疑問に思ったことは口に出して議論したら解決するんだと思っていました。でも社会はそうじゃなかった……。

 

――はらださんは、芸大を卒業後に広告会社に就職した後、「つらい」「今でさえこんなに生きづらいのに昔ヤバくない?」と思ったのが『日本の……』を書くきっかけだったそうですね。

 

『日本のヤバい女の子』あとがきより

 

芸大でもしばしばセクハラ・パワハラが問題になっていますが、私の担当教授は女性でフェミニズムの視点を持ってる人だったんです。学生が「今日痴漢に遭った」って言ってたら「それ笑いごとじゃないよ、警察行ったほうがいいよ」って言ってくれる人。それがスタンダードじゃないと知ったのは社会に出てからで。

 

――何があったか聞いても良いですか。

 

社内でのセクハラとか、取引先の人から「部屋来る?」って言われたりとか。同僚が「あいつが仕事もらったのは枕営業だ」とか「仕事欲しかったら家に来い」とか普通に言う。当時は脳の機能が停止してて、誰にも相談しなかったんですよね。あとになってから言ったら、母は激怒してましたね。

 

■誰かにコントロールされるのは我慢ならない

 

――私は子どもの頃に、性暴力のことを大人からちゃんと教わっておきたかったなというのがあって。はらださんはお母さんから学んだことはありますか?

 

母はCAP(子どもへの暴力防止)活動もやっていたので、何かあったときに大きな声を出すとか、そういうワークショップに参加したりしていました。学校の周辺で時間を聞くふりをして股間を見せつけてくる人がいた時などに、そのワークショップを思い出したりしていました。

 

――公然わいせつだ。

 

そういう痴漢とかって、自分の想定の通りに相手のことをコントロールしようとしてるんですよね。びびらせたいという意図があり、びびらせようとしている。私は自分の行動を自分でコントロールする、自分のことは自分で決めろっていう教育方針を受けてきたので、誰かにコントロールされるのが我慢ならないと思っていて。

 

――親が子どもをコントロールするのではなく。

 

「好きに暮らしなさい」って家でした。母自身がそうやって育てられたんでしょうね。母の両親、私の祖父母は「なんでも自分で考えて決めろ」って方針だったそうで、母が20歳で12歳年上の父と「結婚しようかな」って言ったときも、「自分が良いと決めたならどうぞ」と。自分も好きなようにやるし、人のことをコントロールしたりもしない。

 

――前に、車の中から卑猥な言葉をかけられて言い返したって話をはらださんがツイッターで書いてらしたと思います。はらださん、普段は穏やかなイメージなだけに、こういうところがめちゃくちゃかっこいいなと思いました。

 

はらださんTwitterより

 

■指の形ではなく、指さしている先を見よう

 

――お母さんはインターネットを使いますか?

 

SNS系は全くやっていないです。現場主義なので、実際に会って話したこととか自分の目で直接見たものしか信じない。母より12歳年上の父は使っていますけどね。母がフェイスブックをやっていないのをいいことに、のびのび更新している(笑)。

 

――はらださんは、ネット上での男女対立をどう思いますか?

 

最近、NHKの「100分de名著」シリーズの、哲学者・三木清さんの『人生論ノート』特集を観たのですが、その中で、解説の岸見一郎さんが「指し示しているものだけを見ると分からないかもしれないけど、指の先にあるものが何か考えていくと、こういうことを言いたかったんだ、と分かってくる」という旨のことを仰っていたんです。それがすごく腑に落ちて…。

 

 

ネット上の議論を見て思うのは、主張をしている人の指さしている指の形が気に入らないとか、そういうことを言わないで、何を目指しているかを共有できたらいいのかなということです。

 

――どうしても揚げ足取りのような議論が多い。

 

揚げ足取りも毎回同じ揚げ足取りの繰り返しなので、「その話は前もしたから他の話しようよ」ってなったらいいと思います。でも、揉めてばかりで全然進歩していないように見えるけれど、母のやっていることとかを見ていると、実働している人、現実で運動をやっている人いらっしゃるから、良くなっていくんだろうなっていう感覚はあります。

 

――私も過去に運動してきてくれた方々の積み重ねてくれたものは大きいなと思います。

 

母とか母の近くにいる人が動いていて、動いている人がゼロではない。ゼロではないっていうことはそのうち道が開ける。ゼロだと希望がないけれど、ゼロじゃないのがわかるのでそれは希望かなと。私は母みたいに実働しているわけじゃなくて、アプローチの仕方が母とは違うけれど。

 

――指さしている方向は同じ?

 

母は現在のレギュレーションがあることで苦しんでいる人にアプローチしている。そして個人の問題とされていることは、実は自己責任にすり替えている社会の問題だと。私は世の中にあるレギュレーションを疑っていきたい。たとえば、女の子は家に入るものとか、男の子がマニキュア塗ったらおかしいとか、そういうレギュレーションを壊したいです。やっている形はちょっと違うけど、指さしている先は同じですね。

 

 

はらだ有彩
テキストレーター(テキスト/テキスタイル/イラストレーション)。2014年に、テキストとイラストレーションをテキスタイルにして身につけるブランド《mon.you.moyo》を開始。ウェブマガジン「アパートメント」「リノスタ」「She is」などにエッセイを寄稿。2018年に日本の昔話に登場する「女の子」たちを新しい解釈で語るエッセイ『日本のヤバい女の子』(柏書房)を出版。

 

日本のヤバい女の子』柏書房
はらだ 有彩

私たちの母の話

小川たまか

ライター
主に性暴力、働き方、教育などを取材・執筆。
性暴力被害当事者を中心とした団体、一般社団法人Springスタッフ、性暴力と報道対話の会メンバーとしても活動。
初の単著『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)が発売中。
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