母と彼氏と司法試験と……。そして「天職」へ 長田杏奈さんの母(後編)
小川たまか『私たちの母の話』

ryomiyagi

2019/11/29

今年6月に発売された『美容は自尊心の筋トレ』が熱い支持を受けている、ライターの長田杏奈さん。彼女の母は、美容部員(BA/ビューティアドバイザー)として今も仕事を続けている。そして、シングルマザーなのだという。同じ美容業界で仕事をする母について、話を聞いた。

 

若くいたいから、別れたくない」

 

――なんと。お母さんの彼氏の話が出てくるのはこの連載で初めてかも。

 

母の彼氏は、私が熱を出したらありったけのアイスクリームを買ってきてくれたりする人。あと、本を買うお金をくれたり、一緒に美術館へ行ったり。那須の御用邸で、南天の床柱を見て感動したのを覚えてます。

 

――文化的な教育を、と思っていたのかな。

 

私は高校から私立の女子校だったけど、高校と大学の学費もその人が助けてくれたんじゃないかな。でも、司法試験の勉強が佳境だった頃、母は他に好きな人ができちゃってね……。

 

――なんと!

 

長年お世話になったので感謝の気持ちはあったんですけど。だんだん様子がおかしくなって、ポストを勝手に開けられたり、留守宅に誰かに入られたような形跡があったり……。

 

――修羅場だ。

 

ある日、家で勉強してたら玄関の鍵がガチャって開いて。チェーンをかけていたので、ビーンッて引っかかって。何事かと見に行ったら、母の元カレがいたんです。なんでそんなことをするのかと問い詰めたら、「お母さんと杏奈ちゃんがいないと、若くいられない」というような趣旨のことを言われて。

今思うと、混乱して本意でないことを口走っただけなのかもしれないけど、当時は「そんなことのために!」と心底軽蔑しました。

 

小学生時代の長田さんとお母さん

 

■「子どもはすべてのかすがい」

 

――おおお……。

 

当時は、母の恋愛モードにも新しい彼氏にも、イラっと来ていて。それまでは、お母さんって厳しくて真面目で「勉強しなさい」ばかり言う人だと思っていて、私も門限夜10時とか素直に守っていたんです。

 

でも、母も情けないところもあるただの人間なんだから、いちいち言うことを真に受けなくてもいいのかなと。母離れの瞬間でしたね。当時は、しばらく親戚の家に居候したりもしていました。経済的な援助もなくなり、バイトしながら勉強を続けるのは難しいだろうなと試験を諦め、さっさと就職しました。

 

今振り返ると、当時はなかなか苦しかった。それまで住んでいた家より家賃が安くて狭いアパートに引っ越したけど、母は気に入っていた前の家を離れることに納得がいってなくて。私も遠くまで通勤して、慣れない営業の仕事をやっていたのでボロボロだったし、

 

――長田さんが大学卒業の頃って氷河期だし。

 

卒業してから就職活動したのですが、当時は破れかぶれだったので、入れてくれるところならどこでもいいやって感じでした。早く自立したかったし。結局、マルイのローンで敷金礼金を払うって危険なことまでして、無理矢理一人暮らしを始めました。それから20代後半で結婚して子どもを生むまで、母とは結構疎遠でしたね。

 

――子ども、孫が縁をつなぐってありますよね。

 

そうそう、子どもはすべてのかすがい。2006年に長男が生まれて、当時は夫が忙しくて、絵に描いたようなワンオペ育児。一人めは自分が頑張ればなんとかまわったけど、3歳差で長女が生まれて、それからは母に頼りまくり。

 

――お母さんが育児を手伝ってくれたんですか?

 

そうです。娘は母と仲が良いですね。娘は私と違って世話を焼かれるのが嫌じゃないみたいで、すごく甘えてるし気が合ってる。娘の世話をしに来てもらっているうちに、母がうちに泊まるようになって、今も平日は毎日うちからパートに通ってます。

 

母、娘、孫。親子三代

 

■司法試験を目指した理由は「変わり者」だったから

 

――ちょっと戻るんですが、お母さんは「勉強しなさい」って言うほうだったんですね?

 

そうですね。母の中に「もっと勉強しておけば」という気持ちがあったんでしょうね。私は結構、早い段階でそれに気づいてしまった。自分がやらなかったことを、子に託すな!と。

 

――高校で私立へ行ったのもお母さんの意向?

 

中学受験もさせるぐらい教育熱心だったからそれもあるけど、高校は私が女子校に行きたかったんですよね。中学校の頃に湾岸戦争が始まって同級生の男子が「戦争だ!」って喜んでいて、嫌だなあって思ってた。

 

――わかる……。

 

高校は楽しかった一方で、「自分は明らかに考え方が浮いてるな」って思った時期がありました。今は学校だからいいけど、社会に出たら私は外されちゃうなって恐怖が。

 

――先を見ている!

 

それで、変わり者扱いされても食べるのに困らない職業は何かなって考えました。あと、これからは価値観が多様化して、人によって大事にしているものが違ってくるだろうから、違う価値観同士がぶつかった時に調整できる人、どちらの気持ちもわかって仲裁できる人になりたいと。それで司法試験に興味を持った。

 

――そして中央大学法学部に。

 

家から近かったし、カリキュラムも充実していたし。当時は本気で司法試験合格を目指していて、大学の他に予備校を2つ掛け持ちしてずっと勉強してました。でも家にお金がなくなって、バイトしながら勉強するのは自分にはできないと思ったので会社員に。営業の仕事は全然向いてなかった(笑)。

 

■母たちの「定年後のキャリア」について

 

――弁護士の長田さんも見てみたかったです。

 

(笑)。それから、流れのままに美容ライターになったら、全然苦労がなかった。幼少期から培ってきたものでいけちゃう。

 

――天職!

 

小さい頃から家にはそのシーズンの最新の化粧品があって自由に触れたし、母の持って帰る雑誌を一言一句読んでいたし。美容業界は女性が多い業界でセクハラとかもないし、ちょっとジェンダーレスなキャラなのも珍しくて、可愛がってもらえたのかも。

 

――ちなみに、美容業界で10年前と今で変わったと思うところはありますか?

 

「アンチエイジング」「美白」「女らしさ」とかってあんまり言わなくなりましたよね。あとはひとつの顔にみんなが憧れることが少なくなった。

 

――これから変わったほうがいいって思うことはありますか?

 

母は定年後にパートで週5働いているけれど、お給料はたぶん10~15万円とか。前よりだいぶ下がりました。キャリアのある人がこれまでと同じクオリティの仕事をしているのに、年齢で買い叩かれるのはおかしいんじゃないかな。美容業界だけではないけれど、高齢化社会に向けて、定年後の雇用のあり方については社会が考えていくべきことだと思います。

 

――今回初めて、母娘が同じ業界を選んでいるケース。お母さんと長田さんで、美容について考え方が違うことってありますか?

 

母は手順通りにマニュアルにそってきちんと仕上げる人。私の場合は、マニュアルの目指すゴールを疑いがち。そういう部分は違いますね。

 

――余談ですが、「杏奈」ってお名前は1977年当時、はいからだったんじゃないかなあ、と。「~子」が多い時代ですよね。

 

『マーガレット』で連載されていた漫画の、かわいくて素直な主人公からつけたって(笑)。母はミーハーなんです。私は自分の子どもにどちらかといえば古風な名前をつけたので、そういうところも違う。

 

■「女の人に良くしてあげたい」気持ち

 

――長田さんと初めてお会いしたのは4月のフラワーデモで、私は美容ライターの人とは住む世界が違うって勝手に思っていたので、あの場所でお会いできてとてもうれしかったんです。

 

その頃、イベントの打ち上げをしていたら、隣の席で女の子がおじさんからセクハラされていたってことがあって。楽しい気持ちが一気にしぼんで、女の子を守りたい気持ちとセクハラおじさんへの怒りがふつふつと……。そんな席で、性暴力に対する無罪判決の報道が続いている件、本当に無理だよね、フラワーデモっていうのが今度あるらしいよ、行ってみようかって話になりました。

 

もともとうちは女所帯だったし、女の人に良くしてあげたい、みたいな気持ちはずっとあります。それは母の影響かもしれない。

 

※長田さんがフラワーデモに参加した理由について、詳しくはこちら
→声をあげることから世界は変わる。性暴力に抗議する「フラワーデモ」に彼女が参加する理由(ハフポスト/2019年10月11日)

 

――結婚、出産、離婚で人生が大きく変わるのはどうしても女性のほうっていう現実が今もありますよね。あと、She isの「政治音痴のための7.21参院選 長田杏奈&かん(劇団雌猫)が緊急取材」も良かった!

 

あれはね、選挙前にViViのTシャツの企画(※)がやばいね……って話をして、あれのカウンターをやりたいねって言ってたんです。仲良しのかんちゃんと話していて、かんちゃんが「今やろう!」って言うから、好きな女の子の前でいいところを見せたくてやりました。(※)ファッション誌「ViVi」が選挙前に展開した自民党とのコラボ広告。のちに削除された。参考)自民党と「ViVi」のコラボ広告が削除される 「批判を受けたものではない」

 

――好きな女の子の前でいいところ見せたいって気持ち、すごくわかります(笑)。今日は女性に優しい長田さんの背景が少しわかった気がしました。ありがとうございました。

 

【長田杏奈さんプロフィール】
1977年神奈川県生まれ。ライター。中央大学法学部法律学科卒業後、ネット系企業の営業を経て週刊誌の契約編集に。フリーランス転身後は、女性誌やWebで美容を中心に、インタビューや海外セレブの記事も手掛ける。ユニット「花鳥風月lab」主宰。
ツイッターインスタ 

 

【年表】

西暦  個人史 社会史
 1954年 母生まれる  
 1972年 高校卒業、美容部員として働き始める  
 1974年 結婚  
 1975年   この頃からディスコブームに
 1977年 長女(長田杏奈さん)出産  
 1984年 離婚  
 1990年 長田さん、中学校入学 湾岸戦争始まる
 1991年    
 1992年    バブル崩壊
 1997年頃~    就職氷河期
 2000年 長田さん、大学卒業  
 2006年 長男出産  
 2009年 長女出産  
 2015年 母、定年を迎える  
 2016年   労働力人口総数に占める65歳以上の割合は11.8%で上昇し続けている

 

私たちの母の話

小川たまか

ライター
主に性暴力、働き方、教育などを取材・執筆。
性暴力被害当事者を中心とした団体、一般社団法人Springスタッフ、性暴力と報道対話の会メンバーとしても活動。
初の単著『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)が発売中。
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