「スケールフリー性とスモールワールド性【第4回】岡嶋裕史
岡嶋裕史『インターネットの腐海は浄化できるのか?』

かつてインターネットがユートピアのように語られた時代があった。そこは誰もが公平に扱われ、対等な立場で建設的な議論ができる場のはずだった。しかし現在、そんな戯言を信じる者はいない。ネットは日々至る所で炎上し、人を騙そうという輩が跋扈し、嘘の情報であふれている。黎明期から知る人間は誰もが思うはずだ、「こんなはずではなかった……」。ネットはいつから汚染された掃き溜めのような場所になってしまったのか? それとも、そもそも人間が作り、人間が関わる以上、こうなることは約束されていたのか? 黎明期からネットの世界にどっぷりハマってきた、情報セキュリティの専門家である中央大学国際情報学部開設準備室副室長の岡嶋裕史氏が、ネットの現在と未来を多角的に分析・解説する。

 

 

情報発信者の属性とネットの構造――汚染されるインターネット

 

検索エンジンのランキングは、広告や詐欺目的で不正にランキングを上下させようとする試み(SEO)に対抗するために、複雑な手順によって計算されている。しかし、それでも最も力のあるパラメータは被リンク数だ。

 

そして、この被リンク数はその話題について発信している人が存在してこそ増加する。ウェブページとウェブページ、コンテンツとコンテンツの間にリンクが張られるのであるから、リンクを張るべきコンテンツがなければ、どれだけ話題になっていても被リンク数は上昇しない。

 

つまり、その話題についてブログやツイッター(一般的にはSNSと考えられているが、どちらかと言えばこれは伝播ツールであってSNS性は薄い。ツイッター社も、自社サービスのことをSNSとは言っていない)で言及している人がいてこそ、ランキングが上がるのだ。

 

そして、ブログやツイッターである話題について積極的に発信する人は、情報感度が高いか、意識が高いか、オタクとしての病が深い人が多い。

 

堅気の人は、ある話題について積極的に発言したいとき、その相手として手近なリアル友人を選ぶだろう。近年では友人とのコミュニケーションを取る際にSNSを使うだろうが、連載【第2回】でも述べたように、SNSでの話題は検索エンジンに収集されにくく、その実態との乖離が生じる。

 

また、インターネットの構造もこの現象に拍車をかける。

 

よく言われるように、インターネットにはスケールフリー性とスモールワールド性がある。

 

スケールフリー性というのは、いくらでもでかくなるということだ。
たとえば、羽田空港はとても便利だ。国際線に乗るときに羽田発着だったらいいなと思う。エアラインもそれをわかっているから、成田発着便より強気の値段を設定してくる。うはうはである。

 

それなら際限なく羽田便を増やしていけばよさそうな気がするが、そうはならない。羽田空港のランウェイもハンガーも枠が限られていて、事故を覚悟でラッシュ時の山手線並みに離発着させたとしても、1日に数百便しか飛ばせない。成田空港も生き残れる所以である。

 

しかし、ネット上のサービスにはこれがない。Amazonが混んでいるから今日は楽天で買い物しようか、とはなかなかならない。もし人気が出てアクセスが集中するならば、実用上は無限と言えるほど、コンピュータやネットワークの資源を増強することができるのだ。

 

もちろん、これらの資源も厳密には物理的機器の制約を受けるのだが(1兆台のサーバを有機的に接続しよう、というのは今の技術ではやはり無理である)、空港や道路、商店に比べれば無限といって差し支えないほどの拡張性がある。

 

だから、ある話題が提供され、流行したときに、そこに張られるリンクに上限がない。口コミのリアルコミュニケーションであれば、そこに参加できる人数には自ずと限界が生じるが、ネット上のコンテンツには無限に等しいリンクが張られる。人気のないコンテンツはまったく見向きもされないが、特定の話題には数億、数十億ものリンクが集中する極端さがある。まるで世界にはその話題しかないような錯覚が、ネット全体を覆い尽くすような現象が起こりうるのである。

 

スモールワールド性とは、「世間は狭いな」という感覚で言い換えることができると思う。初めて会った人が叔母の幼稚園時代の友だちの子供だったり、ちょっと身近な友人に話したことが、アメリカ大統領の耳に入ってしまうような事態を説明する概念だ。

 

有名なのはミルグラムの実験だろう。昔に行われた相当おおらかな実験なので批判も多いが、世間の狭さを定量化した大きな功績がある。

 

実験の概要はこうだ。「この手紙をハンバートさん(仮称)に渡してね」と無作為に抽出した人に渡すのである。渡された人はいい迷惑だし、そもそもハンバートさんなど知るわけもないのだが、なんとかハンバートさんに近しそうな人を見つけて託す。その人もまた、よりハンバートさんに近しそうな人へ手紙を渡していく。そうすると、6人ほどの手を経れば、アメリカ中どこにいても、手紙が届いてしまうというのである。

 

確かになあ、と思う。私は友だちがいないが、それは特殊な例で、たいていの人には100人くらいは友だちがいるだろう。その友だちにも100人の友だちがいるとすれば、友だちの友だち……とやっていけばネズミ算で膨大な数になる。

 

最初の1人
友だちの100人
友だちの友だちの10000人
友だちの友だちの友だちの1000000人
……100000000人
……10000000000人

 

5ステップ目で地球の人口を突破してしまった。これでいけば、友だちの友だちを5人辿れば、米露大統領にもインターネット上のハクティビズムで勇名を馳せるアノニマスにも、有名声優さんにすら到達できる計算になる。

 

ほんとうだろうか?

 

ほんとうではない。たいてい知り合いというのは、小さな仲良し集団(トライブ、クラスタ、グループ……色々な呼び方がされる)の中でまわってしまうものなのだ。

 

AさんにB,C,Dの友だちがいるとして、その友だちを辿ると、Bさんの友だちはCさんとDさん、Cさんの友だちはBさんとDさんという構成になる。みんな仲間内なのである。これでは、どれだけ友だちを辿っていこうとも、同じ地域や同じ学校、同じ趣味の仲間の中でぐるぐるしているだけで、ちっとも人間関係は広がらない。

 

それでもミルグラムの実験が成功してしまうのは、極少数の確率でとんでもなく顔の広い人がいるからである。声優のことにも詳しいのに、なぜか量子力学の話もできて、女子会にも入っていけ、ボランティアを通しておじいちゃんネットワークにもつながっているような人である。

 

そういう人の人間関係は、1つ1つは希薄であることも多いが、それはあまり関係がない。リンクが伝わればよいのだ。リンクの伝達に深い人間関係はいらない。

 

こうした結節点の役割を果たすもののことを、ハブと呼ぶ。もちろん、形状が自転車の車輪を構成するハブ&スポーク(車輪の中心点がハブ、そこからスポークが何本も伸びて、リング状のリムを支えている)に似ているからである。羽田空港は多くの空港を結ぶハブ空港である。福井空港はちょっとハブではない。

 

こうしたハブの存在によって、意外な場所と場所、意外なものともの、意外な人と人が結ばれ、「世間は狭」くなり、情報の流通速度が上がる。

インターネットの腐海は浄化できるのか?

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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