「萌え」の起源【第6回】岡嶋裕史
岡嶋裕史『インターネットの腐海は浄化できるのか?』

かつてインターネットがユートピアのように語られた時代があった。そこは誰もが公平に扱われ、対等な立場で建設的な議論ができる場のはずだった。しかし現在、そんな戯言を信じる者はいない。ネットは日々至る所で炎上し、人を騙そうという輩が跋扈し、嘘の情報であふれている。黎明期から知る人間は誰もが思うはずだ、「こんなはずではなかった……」。ネットはいつから汚染された掃き溜めのような場所になってしまったのか? それとも、そもそも人間が作り、人間が関わる以上、こうなることは約束されていたのか? 黎明期からネットの世界にどっぷりハマってきた、情報セキュリティの専門家である中央大学国際情報学部開設準備室副室長の岡嶋裕史氏が、ネットの現在と未来を多角的に分析・解説する。

 

illust AC

 

みんな「萌え」が好きである。

 

それは日本だけの特殊な状況であると、萌えを消費する主体であるオタク(私のことだ)自身が考えていたのだが、今や萌えコンテンツの消費は世界中で行われており、必ずしも特殊な嗜好や趣味であるとばかりも言えなくなった。むしろ、日本人の特殊な感性でしか作れないと思われていた萌えコンテンツを生産する海外ユーザも現れて、萌えコンテンツ業界での日本の特権的な地位が失われることを心配しなければならない時代になったのだ。

 

たとえば、クリミアの「美しすぎる検事総長」ナタリア・ポクロンスカヤ氏を二次元化したイラストはベトナムのユーザが描いたものだと言われているし、台湾などは都市の景観が日本以上に萌えに満ちている。公共交通機関が萌え絵にラッピングされて走る姿は世紀末的景観を超えて、人類の次の到達点を示すかのようだ。

 

BBCでも取り上げられたIK氏のイラストとナタリア・ポクロンスカヤ氏
https://www.bbc.com/news/blogs-news-from-elsewhere-26663168

 

台湾のラッピングバス
http://mjapan.cna.com.tw/news/atra/201512240006.aspx

 

二次元キャラクタを消費する利用者は、インターネットと親和性が高く、インターネットの現状を考える上で、きっと避けては通れない話題であるだろう。かなり外連味の強いトピックではあるのだが、一度真面目に考えておこうと思う。

 

そもそも「萌え」とは何だろうか。

 

この言葉は巷間にかなり膾炙したので、さまざまな場面で使われ、意味が拡散し、再生産されてしまっている。たとえば、中高生を使った売春のことを「萌え系風俗」などと呼称するのはその一例だろう。

 

しかし萌えは、一義的には二次元キャラクタに対する性的な欲望を含んだ執着を指す言葉だろう。ここで起源論を展開するつもりはないが、萌えはポルノとも違う。萌えコンテンツを制作するとき、性の予感や気配を漂わせるのは重要なことだが、ポルノにしてしまうと、もともとの萌えの動機と運用からは外れてくる。

インターネットの腐海は浄化できるのか?

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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