殺し屋が生まれる背景【第1回】丸山ゴンザレス
世界の危険思想~ヤバイ奴らの頭の中~

 

いろんな人にインタビューをしていると、「この人たちの頭の中ってどうなっているの?」と思うことがある。
文化の違い、民族の違い、教育の違い……。

 

世界中の情報が日本にいながらでも手に入れることができるようになった現代においても、こうしたさまざまな違いが生み出す溝は埋まることはない。実際、世界各地の取材先では、日本では感じることのできない強烈なインパクトや新鮮な驚きを覚える。
日本人的な常識から照らしてみれば、それらは「危険思想」と感じるだろう。でも、彼らには彼らなりの論理があるのだ。

 

本連載では、筆者が出会った世界の人たちの頭の中身を覗き込むことで、「危険思想」の一端に触れてみようと思う。

 

人類最大のタブーに迫る

 

人類にとっての最大のタブーのひとつ。それは人殺しである。
偶発的なものではなく、明確に殺意を持って殺すこと。どんなに法律で厳罰を課そうとも、道徳教育をほどこそうとも、悲しいことに必ず起きてしまう事件だ。
ここでは加害者側の考え方を見ていきたい。というのも、殺人加害者は一部の猟奇殺人鬼でも除けば、殺人がダメなことだと知識としてわかっているからだ。それなのになぜ、人は人を殺すのだろうか。その頭の中がどうなっているのかが知りたいと思った。
日本人的な常識で考えたら怨恨あたりが動機として浮かぶところだろう。日常生活を送っていれば、誰だって人を恨めしく思うことはある。でも、殺したいほど許せず、憎いとしても、そこから殺人に至ることは、大半の人にはない。ところが世界には我々の常識からは考えられない理由や動機がきっかけで殺人に至ることがある。そこには何があるのか、追いかけてみたい。

 

そもそも世界の人たちが考えていることを探っていくうえで、最初に殺人の動機を取り上げようと思ったきっかけは、この連載を持ちかけてきた光文社の編集者M君との打ち合わせだった。
彼とは古くからの付き合いで、写真週刊誌「FLASH」の取材で一緒に地方を巡った楽しい思い出もある。M君が2016年度から、かねてから希望が通って新書の部署に異動したので、その挨拶がてら、旅のエピソードとは違う別のなにかをまとめていくような企画はできないのかと代々木にある喫茶店で話していたのだ。
「ゴンザレスさんの行くところって、よく人が殺されますよね」
「そんな言うほど死んでるかな?」
確かに自分が取材する先では、割りと高い頻度で人が死ぬ。
「そう言われてみると、たしかに、最近、仲間と再会するのは葬式ばっかだな。人数は減ってくんだけど」
自分の疑問を自分で受けて、中高年が使いがちな自虐的ブラックジョークで切り替えしたものの、ふと考えた。たしかに、危険地帯を取材するジャーナリストとしての仕事柄、中南米やアジア、アフリカなど治安が悪く犯罪発生件数も高いところで取材をすることが多いので、死と遭遇することは多くなってしまうのは間違いない。
取材していて状況や背景については迫っていくものの、「どうして人を殺すのか」までは考えることはなかった。
あらためて考えてみると、殺す理由がはっきりと見えてくる事件はいいが、なかには日本人的な常識では理解できないものもあることに気がついた。
それは何か。

 

真っ先に思い出したのは、殺し屋の存在である。

 

人を殺す理由は軽い

 

殺し屋から殺人の動機を垣間見たのは、ジャマイカでのことだった。
人口が約270万人のカリブ海に浮かぶ小さな島国である。主な産業はレゲエとマリファナなどと揶揄されることもあるが、ここ10年ぐらいは陸上、特に短距離走のウサイン・ボルトが世界記録と金メダルを奪取しまくったおかげで、アスリートのイメージも強くなっているのではないだろうか。
日本と比べても小さな島国でしかないジャマイカで興味深い出来事に遭遇した。

 

比較的治安が悪いとされているキングストンの中でもトップクラスに治安の悪いスラム街を取材していたときのことだ。その街のボスには取材を断られていたので、おおっぴらに取材はできず、ゲリラ的に潜入していた(※通常、スラム街を取材する場合には顔役となる人物へとアプローチして許可を得るようにしている。絶対ではないが、ないよりはあったほうがいい)。
置かれた立場上、とっとと撮るもの撮って逃げ出さねばならない。
そうまでして取材したかったのは現役の殺し屋だった。

 

過去には日本でも何度か殺し屋の取材をしていたものの、大半が経験者であって、「現役の職業・殺し屋」ではなかったのだ。
初めての接触に心躍るものの、早くこの場を去らなければならない焦りが同居した妙な気持ちの悪さを抱えていた。
案内されたのはスラムのなかの一般的な住居よりも、一段下といった雰囲気の家だった。みすぼらしく、端的に言えば、廃屋といったほうがぴったりくるような場所だった。室内はガラクタや、女物の化粧品のゴミとかが散乱していた。かといって女っ気も特にないし、ゴミもかなり古い感じがしたので、ずいぶん前に出ていったのだろうと推測できる。

 

殺し屋が暮らす家のなかは、雑然としていて生活感というよりも貧困感が漂う。

 

ドアを閉めて、密室になったところで「撮影していいか?」と確認をとると、「OK」との返事。カメラを準備していると顔を大振りなバンダナで隠した。素顔はもう見ているのに、バンダナを巻いた瞬間から妙な空気をまとっているように感じた。
なぜなのか。
おそらくだが、彼の目が強調されたからだった。
暗く沈んだ色をしている。覇気どころか生気すらも感じられない。どこか人工的で、つくりもののような目だった。過去には日本の裏社会を取材しているときにも殺人経験者に会ったことがあるのだが、そのどれとも違う。むしろ、世捨て人というか、すでに人生を諦めた人が放つ特有の闇のように思えた。

世界危険思想

丸山ゴンザレス(まるやま・ごんざれす)

1977年、宮城県生まれ。考古学者崩れのジャーナリスト・編集者。無職、日雇労働、出版社勤務を経て、独立。著書に『アジア「罰当たり」旅行』(彩図社)、『世界の混沌を歩くダークツーリスト』(講談社)などがある。人気番組「クレイジージャーニー」(TBS系)に危険地帯ジャーナリストとして出演中。
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