第5回「ジャズ喫茶・木馬とロッキンチェア(新宿・歌舞伎町)」
山口ミルコ『バブル』外伝

BW_machida

2020/10/14

会社を辞め、乳ガンを経て振り返った、自らの会社人生。そのストーリーを軸にして、「バブル」という同時代を駆け抜けた異業種の女性たちの、声にならない声を綴った『バブル』(9月17日発売・光文社刊)。名物編集者だった著者が、本編には書けなかったこと、書かなかったこと、<記憶>のなかの大切な人たち、場所、ことがらについて。

 

大学在学中から「月刊カドカワ」編集部に入るまでの数年間、私は新宿・歌舞伎町によく通った。1980年代後半――のジャズ喫茶「木馬」や、さくら通りのジャズ・バー「ロッキンチェア」に出入りし、そこでアルバイトをしていた時期もある。

 

所属していたジャズサークルは<スイングジャズ研究会>だったが、私にはモダンジャズのレコードをたくさん聴く必要があった。誰に強制されるわけでもなかったけれど、バンドにいると先輩たちから自分の知らぬミュージシャンの名前がいろいろと耳に入る。彼らが個々にどういう音楽をやる人であるかはもちろん、彼らの人物像やジャズ史の変遷などについて勉強せねばならないという雰囲気が、当時のジャズ研にはあった。というか、私が勝手に先輩たちのトークからそう嗅ぎとって、ジャズに無知な自分を恥じていたのであるが、これは私にとって幸運な、ジャズとの出会いだったと思う。おかげで私はさまざまなレコードをこの時期に聴いた。

 

楽器ケースに貼ったロッキンチェア のステッカー(写真 著者提供)

 

自分ではそんなにたくさん買えないので、コーヒー一杯でいろんなレコードを聴くことができるジャズ喫茶に通った。
ヤマノ・ビッグバンド・ジャズ・コンテストで「優秀ソリスト賞」を受賞したドラマーのOBは、神保町のジャズ喫茶「響(ひびき)」に連日通い、レコードを聴きまくっていた――という話がバンド内で伝説になっており、自分も真似してみようと思った。

 

一枚ごとに掲げられるアルバムジャケットがよく見える席に座り、曲を聴きながらタイトルやレコーディング・メンバーをメモした。そうした作品の一つひとつが、私の体内でつながっていくのはもっと時間が経ってからのことで、はたち前後の当時はよくわかっていないのだが、ジャズ喫茶に費やした時間は、のちの私をいろんな場面で助けてくれた。

 

「私の選んだアルバム、この一枚」のようなページを新人編集者時代に担当した話は、『バブル』の第6章に書いた。
アーティストにインタビューして書くときに、ジャズは役立った。もちろん、取材を受けてくださる方がみんなジャズのアルバムを挙げるわけではないけれど、ある一つのジャンルを続けていたことで、誰とでも音楽の話ができた。一つ詳しければ、応用がきくのである。

 

「木馬」でアルバイトをしていたとき、コーヒーには二種類あると教わった。
ブレンドとアメリカン、その二つの違いはコーヒーの濃さであるという。
お客様にアメリカンを出すときは、ブレンドをまずコーヒーカップに半分入れて、そこにお湯を注いで二倍に割る。それを「はい、アメリカンコーヒーです」と言って出していた。そんなことをやる喫茶店などもう日本中どこを探してもないと思うのだが、あの薄苦く不味いコーヒーが、いまとなっては懐かしい。

 

「ロッキンチェア」には面白い人がたくさんいた。従業員のほとんどが、劇団員だった。のちの私――も、2009年に会社をやめたあと、秦建日子さんの劇団「秦組」に参加し(役者ではなく演奏者として)一時期、劇団員を経験するので、「ロッキンチェア」のことはその話を書く機会に、あらためてご紹介させていただこうと思う。

 

バブル
山口ミルコ / 著

illustration:飯田淳
毎週水曜日更新

ミルコの『バブル』外伝

山口ミルコ

(やまぐち・みるこ)
1965年東京生まれ。専修大学文学部英文学科卒業後、外資系企業勤務を経て、角川書店雑誌編集部へ。「月刊カドカワ」等の編集に携わる。94年2月、幻冬舎へ。幻冬舎創業期より編集者・プロデューサーとして、芸能から文芸まで幅広い出版活動に従事。書籍編集のほか雑誌の創刊や映画製作に多数かかわり、海外留学旅行社の広報誌の編集長等をつとめた。2009年3月に幻冬舎を退社。フリーランスとなった矢先、乳ガンを発症。その経験をもとに闘病記『毛のない生活』(ミシマ社、2012年)を上梓、作家デビュー。以降、エッセイ、ノンフィクションを執筆するほか、大学等で編集講義をおこなう。
公式HP:https://yamaguchimiruko.tanomitai-z.com/
Twitter:@MirukoYamaguchi
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