第9回「さくらももこさんと一泊二日」
山口ミルコ『バブル』外伝

ryomiyagi

2020/11/11

会社を辞め、乳ガンを経て振り返った、自らの会社人生。そのストーリーを軸にして、「バブル」という同時代を駆け抜けた異業種の女性たちの、声にならない声を綴った『バブル』(9月17日発売・光文社刊)。名物編集者だった著者が、本編には書けなかったこと、書かなかったこと、<記憶>のなかの大切な人たち、場所、ことがらについて。

 

photo/Akira Tsuchiya

 

『バブル』が一冊になったのを機に、会社時代の物を処分している。
いまは使っていないのに、なかなか手放せなかったモノモノが、家の中にあふれていた。しかしここへきて、「もういいかげんよかろう」という気持ちにようやくなった。
会社時代を総括した『バブル』のおかげで、<禊の力>が上がっているのだろう。

 
20年編集者をやっていたので、本と雑誌、CDサンプル資料などはもちろん多い。折々整理してきたが、まだある。
そして、もう着ない服・靴・バッグ。もう着ない、というより、装う機会がない。
編集者時代後期の戦闘服だったベルサーチは、子連れ狼(編集者の千ちゃん)に引き取ってもらった。全身ベルサーチにするとなんの人だかわからないほどコワくなってしまうが、今後の彼女に着る機会があることを願う。

 

クローゼットや引き出しを整理していて気がついた。
さくらももこさんと<おそろい>の品の多いこと。
一時期のももこさんと私はいい年をして少女のように、いろんなものを<おそろい>で持っていた。
色違いのワンピース、おそろいの指輪・ブレスレット、サンダル、などがいまも私の手もとにあって、それらをあらためて眺めると、一緒に旅した先での出来事などが思い出される。

 

プラダのリュックは、香港で買った。
あるとき、ももこさんがまだ日本に出店していなかった「糖朝」のスイーツを食べたいと言い出して、二人で出かけた。「糖朝」のスイーツを食べることだけが目的だったので、「一泊でいいよ」とももこさんは言い、そのとおり一泊で行って帰ってきた。

 

買い物はおまけだった。
当時プラダの黒のリュックがちまたで流行っていたので、私は黒が欲しかったのだが、ももこさんが「ぜったい茶色がいい、ミルコも茶色にしなよ」と言うので、折れた。
結果私は濃いベージュ、ももこさんはそれより薄色のベージュを一緒に買った。

 

そんなふうにももこさんは急にどこそこへ行こう!と言い出すことがよくあった。
一泊で温泉にはもちろん出かけ、それと同じレベルの勢いでアメリカの超能力者に会いに行ったこともある(この話は『ももこのトンデモ大冒険』という本に入っている)。

 

そのようにしてゆく先々で手に入れた、<おそろい>の品。その片割れだけが、私の手もとに残された。本人は、もういない。
やりたいことぜんぶやって、行きたい場所ぜんぶ行って、先に逝っちゃった。本人がいないのだから、すでに<おそろい>でもなんでもない。
これ、どうすればいい?と訊くわけにもいかず、<おそろい>を発掘するたび、片づけの手が止まってしまうのである。

 

バブル
山口ミルコ / 著

illustration:飯田淳
毎週水曜日更新

ミルコの『バブル』外伝

山口ミルコ

(やまぐち・みるこ)
1965年東京生まれ。専修大学文学部英文学科卒業後、外資系企業勤務を経て、角川書店雑誌編集部へ。「月刊カドカワ」等の編集に携わる。94年2月、幻冬舎へ。幻冬舎創業期より編集者・プロデューサーとして、芸能から文芸まで幅広い出版活動に従事。書籍編集のほか雑誌の創刊や映画製作に多数かかわり、海外留学旅行社の広報誌の編集長等をつとめた。2009年3月に幻冬舎を退社。フリーランスとなった矢先、乳ガンを発症。その経験をもとに闘病記『毛のない生活』(ミシマ社、2012年)を上梓、作家デビュー。以降、エッセイ、ノンフィクションを執筆するほか、大学等で編集講義をおこなう。
公式HP:https://yamaguchimiruko.tanomitai-z.com/ Twitter:@MirukoYamaguchi
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