第10回「鳥居ユキさん」
山口ミルコ『バブル』外伝

BW_machida

2020/11/18

会社を辞め、乳ガンを経て振り返った、自らの会社人生。そのストーリーを軸にして、「バブル」という同時代を駆け抜けた異業種の女性たちの、声にならない声を綴った『バブル』(9月17日発売・光文社刊)。名物編集者だった著者が、本編には書けなかったこと、書かなかったこと、<記憶>のなかの大切な人たち、場所、ことがらについて。

 

鳥居夫妻とご自宅にて

 

会社をやめて、ほとんどウチから出なくなったのが11年前。
それでも退社後しばらくの間はちょっとした出仕事が入ることも多く、会社時代のスーツやワンピースを引っ張り出して着ていたが、どうもしっくりこなかった。

 

初めての本が出版された頃、抗ガン剤治療で坊主頭と激痩せを体験した私は、四十半ばになっていた。着々と老化も進んでおり、それまで身に着けていたものがどんどん似合わなくなってゆく自分に、私は注視していた。

 

『毛のない生活』(ミシマ社・2012年)――編集者として本はたくさん出してきたが、著者としての本は初だった。乳ガン治療体験をつづったこのデビュー作の、版元であるミシマ社さんと、幻冬舎の後輩が幹事となって、出版記念パーティを開いてくださることになった。
パーティには出版関係者や同僚たち(退社した人ふくむ)を呼ぶという。
できればすっかり元気になった自分をみなさんに見てほしい。
身体を切ったり毛が抜けたりといった過酷なガン治療をのりこえてなお「若々しいね」と言われるような私でいたい。
・・・ではこんなとき、いったい何を着ればいいのでしょう?

 

世の中年女性が「ここぞ」というときどういうお洒落をしているのか、ギモンだったが、思い出した。そういえば、何度か仕事でご一緒していたユミリーさん(風水建築デザイナーの直居由美里氏)は、「ユキトリイ」を着ていた。私より十ほど年上のユミリーさんの、上品で華やかな装いに、「ステキだなあ」といつも感心していたのだった。そうだ、あれがいい。

 

ちょうどそう思っていた矢先、同居している母が、行きつけのデパート・柏高島屋で何パーセントかオフになってワゴンに吊るされてあったシマシマのワンピースを買ってきた。
「あんたにちょうどいいんじゃないかと思って」
それが偶然にも「ユキトリイ」だったのである。かなり細身だから、たまたま売れ残っていたのかもしれない。抗ガン剤で小さくなっていた当時の私に、ピッタリだった。

 

普段なら手の出ない高価な「ユキトリイ」のシマシマ・ワンピは出版パーティではもちろん、本のインタビューを受けるときや、対談などでも大活躍した。
ちょうどそのシマシマを着倒した頃、会社時代からお世話になっているアートディレクターの櫻井浩さんを通じて、新しいお仕事が来た。鳥居ユキさんの本「ユキトリイ・スタイルブック」の、コピーライター・・・? あの「ユキトリイ」のデザイナー、本物の鳥居ユキ氏が『毛のない生活』を読んで、私に文章を書いてほしいと、ご指名くださったというのである。

 

それからほどなくして、私は鳥居ユキさんご本人に呼ばれ、お食事をご馳走になった。
そのときお招きを受けたご自宅で、見せていただいたものがある。それは、箱に収められた大量の「ハギレ」だった。
半世紀を超えるデザイナー生活のなかで、溜まり続けた製作のかけら、小さなハギレの一枚一枚を取り出してみる。

 

どんな時代にも<自分だけのニュー=NEW>を見つける、そしてそれがずっとあとになって、少しずつ違ったかたちでまた自分のニューに戻ってくることがあるとユキさんはいう。大量のハギレは、その証拠品のようなものではなかったかと、いま思える。
「私はモノを捨てないの」
そうおっしゃって、宝石でも扱うようにハギレを箱に戻したユキさんの手もとは、あのときも、そしていまも、美しいマニキュアで彩られている。

 

バブル
山口ミルコ / 著

illustration:飯田淳
毎週水曜日更新

ミルコの『バブル』外伝

山口ミルコ

(やまぐち・みるこ)
1965年東京生まれ。専修大学文学部英文学科卒業後、外資系企業勤務を経て、角川書店雑誌編集部へ。「月刊カドカワ」等の編集に携わる。94年2月、幻冬舎へ。幻冬舎創業期より編集者・プロデューサーとして、芸能から文芸まで幅広い出版活動に従事。書籍編集のほか雑誌の創刊や映画製作に多数かかわり、海外留学旅行社の広報誌の編集長等をつとめた。2009年3月に幻冬舎を退社。フリーランスとなった矢先、乳ガンを発症。その経験をもとに闘病記『毛のない生活』(ミシマ社、2012年)を上梓、作家デビュー。以降、エッセイ、ノンフィクションを執筆するほか、大学等で編集講義をおこなう。
公式HP:https://yamaguchimiruko.tanomitai-z.com/
Twitter:@MirukoYamaguchi
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