「好きな人」をめぐる謎
間違ってないのに間違って伝わる日本語

略しても〜♪ 好きな人〜♪

 

 

文法的には何も間違ってない。のに、 改めて考えるとなんかおかしな意味にとれてしまう日本語ってありますよね。今日は逆に、「おかしいと思ったことないけどよく考えたら不思議だ」という表現を取り上げ、心理言語学的に考察してみましょう。ずばり「好きな人」ってどういう意味!?です。

 

心理言語学とは、「言葉の知識」と「その所有者である人間」の関わりを科学する分野です。言語の知識が人間によりどのように獲得され、運用され、場合によっては失われるか。ここではとくにその「運用」の面に焦点を当てます。私たちが文を読んだり聞いたりする際に、どのように文法知識を使いこなしながら情報を処理している(文理解)のか、また読み手、聞き手にとって日本語はどんな特徴を持つ言語なのか。今日は、そこのところ、恋愛の神様にきいてみようじゃありませんか。

 

というのもインターネットでこんなリンクを見かけまして。

 

オトコが好きな人に見せる14の脈有り仕草!
https://matome.naver.jp/odai/2142453916402269201

 

この見出しの前半が目に入った瞬間、「オトコ、はい好きっちゃ好きですけどずいぶん身も蓋もない表現だな、気に入ったぜ!」と思わずクリックしてしまいました。我ながら反応の速さにびっくりです。が、内容は「オトコ好きさんいらっしゃ~い」、ではなく、気になる女性に対して男性はどういう仕草を見せるものかという趣旨でした。冷静に読めば、タイトルも最初からそう書いてあったのですが、「オトコが好きって?何々?」って妙に前のめりにリアクションしてしまった私、落ち着け。まあでも結果的にターゲットとなる読者層はほとんど同じかもしれないけれど…。

 

このフレーズの構造を改めて考えてみると、

 

[オトコが好きな人]

 

これは全体がひとつの名詞句のカタマリなのではなく、

 

「オトコが、[好きな人]に見せる仕草」

 

というふうに区切れます。[好きな人]という部分が関係節なのはどちらの解釈においても共通していますが、ここで本来意図されているのは

 

(青字部分「(目的語)」は、関係節がかかる「人」の意味上の位置を表す。これが表面上は削除されるのが関係節構造の特徴。同一のものを指すことがわかりやすいように「人」もおそろいで青字にしてみました。以下の例でも同様。なお、「好きな」は形容動詞ですが、動詞と同じように目的語をとるのでここでは関係節の述語と見なしておきます。)

 

という、いわゆる目的語関係節です。関係節がかかる先行詞(日本語では「先行」してなくて関係節の後に来るけど)である「人」は、関係節内で意味上の目的語です。一方、主語は繰り返しなので省略されていますが「オトコ」のことを言っています。なので、あえて読み違いの起こりにくいように言い換えると、「オトコが、自分の好きな相手に見せる14の脈有り仕草」といったところでしょうか。え、誰もそんな読み違いしないって?

 

ですが、この日本語の「好きな人」っていう表現、幼稚園児から高齢者まで文字通り老若男女を問わず本当によく使われるわりには、相当なクセ者です。読み違いをしたことのないという人、実はなぜ読み違いをしないかむしろ不思議ですよ。例えばネットで拾ってきた下の二つの見出し、どちらも「好きな人」という表現が使われていますが、構造(関係節の種類)は全く異なるのです。

 

例1
ユーミンと中島みゆきが好きな人は竹内まりやも好きなパターンは多いと思いますか?
(Yahoo知恵袋:https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13163140723

 

例2
今あの人が好きな人は:xx錬愛術 国家機密級!常識外れの的中率に卒倒覚悟でご覧下さい
(占いサービスみたいです。真偽のほどは当方では確認しておりません。:http://www.rakuten.venusfortune.com/el_sion/input/input.cgi?menu=el0007

 

まず例1は、「ユーミンと中島みゆきが好きな人」は普通に考えたら、ユーミンファンなおかつ中島みゆきファンである人は竹内まりやファンでもあるのかな、という趣旨の質問ですね。これは主語関係節。

 

 

「好き」の意味上の主語は「人」で、関係節内では表面的に削除されていますが、関係節構造のお約束として先行詞と同一だと解釈されます。「好き」の相手(目的語)は「ユーミンと中島みゆき」です。目的語だけど「が」がつくのが、こうした心理状態・気持ちを表す表現によく見られる特徴です。

 

一方、例2は冒頭の例と同じ、目的語関係節。あなたの意中の相手が、今興味を持っているお相手が誰なのかを当ててくれるということみたいです。

 

 

「好き」の主語は見ての通り「あの人」で、表面的に削除されているのがその目的語です。関係節構造のお約束として先行詞と同一の内容を補うことになっていますから、「あの人」の意中のお相手である「人」という意味ですね。

 

こんなわけで、「xxが好きな人」というありふれたフレーズですが、「好き」の主語を言うのか目的語を言うのか、表面からは判断がつかないのです。これが、文脈から判断しないと分かりませんだなんて、よく考えたら我々はすごい綱渡りを強いられていますね。Yahoo知恵袋の回答を見た限り、誰も例1を間違って解釈している人はいないことからも、我々は実際はそこそこ器用にこの綱渡りをこなしているようですが、これ、一つ間違ったら実生活で人間関係にヒビが入ったり、はたまた悲運のすれ違いが発生したりする危険があるという最重要案件なのではないか!?

 

「好き」(または「嫌い」)がこんなにやっかいな理由の一つとして、先に述べた通り「目的語にも『が』をつける」という日本語文法の特徴があります。「が」は必ず主語、そして目的語なら「を」を使うと統一されていれば少しは話は簡単なんでしょうけど… 恋心と日本語はフクザツなのね。

 

主語でも目的語でも「が」という時点ですでに十分混乱しますが、さらに大胆なことに日本語では、文脈から判断可能とされる場合は主語ごと、目的語ごと省略することもできてしまいます。しかも実態としては、文脈から判断不可能な場合でもバンバン省略されているようです。

 

なので、「オトコが、[好きな人]に見せる仕草」の場合は、関係節([好きな人])内に表面的に残っているのは「好きな」だけです。主語関係節の場合は目的語が、目的語関係節の場合は主語が、表面上残っていてくれればある程度ヒントになるところなのに、主語も目的語も読み手・聞き手が得られる情報にはいずれも含まれていないのです。そうなると片方は関係節構造だから削除されていて先行詞と意味的に一致、そしてもう片方はなぜだかともかく省略、どっちがどっちかは読み手が適当に判断してね、ってことになってしまいますが、難易度はかなり高いですよね。

 

こんな程度の機微も読めなければそもそも恋愛なんかできるか!ってことなんでしょうか!?さっそく「オトコが好きな人に見せる14の脈有り仕草!」でも熟読して修行します!

間違ってないのに間違って伝わる日本語

広瀬友紀(ひろせ・ゆき)

ニューヨーク市立大学にて言語学博士号(Ph.D.in Linguistics)を取得。電気通信大学を経て、東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻教授。研究分野は心理言語学・特に言語処理。『ちいさい言語学者の冒険――子どもに学ぶことばの秘密 』岩波書店
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