誰が頭悪いねん!兄 vs.弟
間違ってないのに間違って伝わる日本語

ryomiyagi

2020/02/12

 

子育てにおいて、他の子と比較して否定するのはいけない…テストで5点だろうが0点だろうが。常々相当頑張って心がけてるのに、あるサイトを見て一瞬思ってしまったんですよ。兄ちゃんディスられてる?↓

 

 

(出典:https://www.heartful-com.org/html/02_16/box02_34.html

 

これが、本日の「心理言語学的考察」のお題です。
私はなぜか質問をぱっと見て、兄ちゃん頭よくないからボクも同様だって言いたいのかと思ってしまったんです。(内容はせっかく素晴らしいアドバイスなのにごめんなさい。)

 

ふたたび冷静に読めば、頭がいいお兄ちゃんと比べて自分を卑下してしまう弟さんの件だとわかるのですが、いやわざわざ冷静にならなくてもわかるはずなのですが、改めて考えればどちらの解釈も日本語では可能だというからびっくりですよね。

 

というのも、ここでは、「お兄ちゃんみたいにxxx」のxxxの範囲が「頭がよく(頭がいい)」までなのか(つまり否定部分は含まない)、あるいは「頭がよくない」まで(つまり否定含む)なのかの両方を許すことにより、二つの意味が発生しているのです。

 

ただ、こうした「….みたいに〜〜ない」という表現に関しては、多くの場合前者の意味で使われるようです。試しに「みたいに頭がよくない」でググってみたらこのとおり。ひとつひとつ文脈から判断するに、ここであがってきた例はすべて前者の、つまり「みたいに」の対象となる範囲は否定を含まない解釈であるようです。われわれ日本人はよっぽど自己卑下が好きなのか?

 

 

このような、解釈の偏りが生じるひとつの理由として考えられるのは、語用論的な推論。どういうことかというと、もしも本当に「お兄ちゃんが頭よくないのと同様自分も」という意図を伝えたいならわざわざ紛らわしい言い方しなくても「お兄ちゃんみたいに頭が悪い」って言えばいいのに、という、コトバの運用上の知恵が考えられます。

 

「頭がよい(く)+ない」の二つの要素からなる表現を選べば、構造上の区切りがひとつ増えますので、「みたいに」のようにどの区切りまでを範囲とするかということが解釈上問題になるときに可能性がひとつ余分に生じてしまうわけです。

 

こうした曖昧性・多義性においても、他にどんな要因が解釈を左右するか(それぞれの構造を頭の中で計算するときに何らかのコスト差があるのか、巷ではどちらの構造を意図して用いられる例が多いという情報が読み手の脳内に蓄積されているのか、抑揚や間などの影響はどうか、など)考えることによって、我々が普段頭の中でどのような情報を使って文の構造やそこから生まれる意味を計算しているのか、そのしくみにせまるのが心理言語学なのです。

 

さて「どこまでを範囲とするか」(「作用域」(scope)といいます)に由来する似たような曖昧性・多義性として、部分否定と全体否定があげられます。

 

否定表現の作用域に関わる日本語の多義性の例としては、辛うじて、昔読んだ漫画『パタリロ!』でこんなセリフのやりとりがあったのを思い出しました。

 

「伊達に東大は出てない」
「え?殿下はマリネラ大学卒では?」
「だから出てないと言ってる」

 

「伊達に〜ない」という表現を使えば「東大を出たのは伊達ではない」という意味にしかならないはずですが、パタリロ殿下はちょっと掟破りの解釈を強いて、聞き手の理解とのギャップを狙っています。

 

英語ではこんな例も。こちらはもっと正当にふたつの解釈を許します。

 

I didn’t invite them because they were rich.

 

「彼らは呼ばなかったよ、だって奴らは金持ちだもん」なのか、「彼らを呼んだけど、それは彼らが金持ちだからってわけではない」のか。これも、didn’tに含まれる否定の要素がどこからどこまでの範囲を作用域としているかによって変わってくるわけです。つまり”invite them”という部分を否定の対象とするのか(=結局呼ばなかった)、”invite them because they were rich”という、特定の目的限定の部分を否定するのか(=呼んだことは呼んだがそういう目的ではない)、二つの解釈がれっきとして成立するのです。

 

さてここでは味も素っ気もない例文にしてみましたが、文の内容を”invite them to cherry-blossom viewing (お花見・桜を見る会)” “shredded the guest list” など適宜変えてみたら、なんだかあらゆる場面で役立ちそうですね。てかどうせだったら「うまいこと言ったなあ」って思わされてみたいよ…。

間違ってないのに間違って伝わる日本語

広瀬友紀(ひろせ・ゆき)

ニューヨーク市立大学にて言語学博士号(Ph.D.in Linguistics)を取得。電気通信大学を経て、東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻教授。研究分野は心理言語学・特に言語処理。『ちいさい言語学者の冒険――子どもに学ぶことばの秘密 』岩波書店
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