警察官が女子高生をトイレに連れ込んだ!?
間違ってないのに間違って伝わる日本語

文法的には何も間違ってない。のに、トンデモなく間違って伝わる日本語ってありますよね。ここではそうした例を、ネットニュース、商品パッケージなど、巷で実際に使われ万人に共有されているもの中から選りすぐって、一体どういうワケでそんなトンデモ解釈が発生してしまうのか、心理言語学的な考察をしてみましょう。

 

え、心理言語学って何って?それは「言葉の知識」と「その所有者である人間」の関わりを科学する分野です。言語の知識が人間によりどのように獲得され、運用され、場合によっては失われるか。ここではとくにその「運用」の面に焦点を当てます。私達が文を読んだり聞いたりする際にどのように文法知識を使いこなしながら情報を処理している(文理解)のか、また読み手、聞き手にとって日本語はどんな特徴を持つ言語なのかということを、身の回りの珍プレー事例をとおして考えていきましょう。

 

いやいや、堅苦しいことは言わず、まずはこんなビックリ見出しから!

 

JR篠州駅近くの歩道で、警察官が女子高生をトイレに連れ込んだJR車掌の山田容疑者(左側のジーンズの足)に飛びつき、押さえ込む※(18日朝)=読者提供
 20xx年12月19日15時30分 読売新聞

 

 

なぬ、「警察官が女子高生をトイレに連れ込んだ」!?ニッポンも終わったな!このキャプションを見て誰もが一瞬そう思うのでは。

 

しかし最後まで読めば、

 

警察官が[女子高生をトイレに連れ込んだJR車掌の山田容疑者]に飛びつき、押さえ込む(そして逮捕)というのが真相でした。警察官、犯罪者から一転してヒーローに!

 

それにしてもこの日本語、実に紛らわしい。適切に句読点を打ったり、語順を工夫すればより誤解の少ない表現が可能なのですが、だけどもとの紛らわしい文だって、日本語としてどこも間違っているわけではないのです。だけど、この警察官、これじゃ日本中の読者から、一時的に濡れ衣を着せられるに違いないですね。

 

こんな「一時的な誤解」はなぜ起こるのでしょう。我々は通常、文を聞いたり読んだりする際、文全体の情報を一度に得ることはかないません。時間軸にそって少しずつ入力される情報にその都度解釈を与えていくわけです。

 

それはどの言語を話す人の頭の中でも共通したメカニズムによるはずですが、そこでやっかいなのが日本語の「大事な情報は最後」という特徴です。

 

警察官が…(警察官が主語なんだな)

 

警察官が女子高生を…(警察官が女子高生をどうにかしたんだな、女子高生は同じ動詞の目的語なんだな)

 

警察官が女子高生をトイレに…(警察官が女子高生に対して、トイレに向かう類いの行動を起こしたんだな)

 

この時点で誰が何を「どうした」という話なのかは、肝心の動詞がまだ出てこないので全然わからないのですが、我々の頭の中の「文理解装置」は、警察官、女子高生、トイレ、を、同じ文の中で、共通の動詞に関係する要素と予測するといわれています。まあ普通そうだわな。

 

さあここで動詞が入力されます。内容がアレなのはともかく、文法的にはここまでは予測どおりの入力です。

 

警察官が女子高生をトイレに連れ込んだ…

 

ここで文が終わればいいのですが(内容的に、じゃなくて文法的に)…後出し的に出てくるのは動詞だけではありません。

 

警察官が女子高生をトイレに連れ込んだJR車掌の山田容疑者…

 

ここで解釈が一転!「連れ込んだ」で文が完結していれば登場するはずのない「JR車掌の山田容疑者」の入力により何が変わる?

 

そういえばこの部分、なぜか英語になおしたほうがよっぽどわかりやすいんですよね。

 

The conductor Yamada(先行詞)who (関係代名詞)dragged a high school girl into the restroom(関係節)

 

「JR車掌の山田容疑者」はいわゆる「関係節の先行詞」です。英語に直訳したバージョンとの違いといえば、日本語バージョンでは「先行詞のはずなのにいちばん後ろにくる」「関係代名詞にあたるものがない」という点です。だからまあこんなかんじ。

 

警察官が女子高生をトイレに連れ込んだ(関係節)JR車掌の山田容疑者 (先行詞・先行してないけど…)

 

 

英語の関係節より日本語の関係節が構造としてより複雑だ、とか難解だ、という話では必ずしもないと思うのですが、ことこうした例については、読んだり聴いたりして理解する側にどれだけ親切か、というと、英語と日本語ではだいぶ違うなと思わざるを得ません。いや、そうとう不親切。なにせ、英語では関係代名詞whoにより「ハ~イ今から関係節が始まります」と合図があるのに、日本語では、事後通告。つまり「あ、ここまでが関係節でした。え?関係節が始まってたって聞いてないんですけどって?サーセン!」ですから。

 

だけど大事なのは、それでも私達日本語話者は、こうした「関係節始まってたって聞いてないんですけど!」的な文を、ほぼ日常的に、大きな混乱も(滅多に)なく無意識に処理していること、だから実は日本語の関係節って読み手聞き手にとって不親切だということを意識することもあまりないこと。見たり聞いたりした単語の列を機械的に流れ作業で解釈していくという以上の相当高度な処理がされているはずです。これは人間の文理解研究にとって、そう簡単には説明できない不思議なのです。

 

今回は「関係節構造で先行詞が先行しない・しかも関係代名詞がない」「動詞が最後まで現れないのでその前に出てくる多くの名詞句の役割は推測するしかない」という日本語の特徴を紹介しました。改めて考えたら日本語を日常的に、いとも自然に理解している我々ってすごい!と思いませんか。

 

次回以降も、人間の文理解における不思議に気づかせてくれる例を続々ご紹介しますのでお楽しみに。

 

それにしても結局、「JR車掌が女子高生をトイレに連れ込んだ」が正解だったという話!?日本終わった感は変わらないというオチでした。

 

 

注:このコーナーでは、実際に巷で集めた本物の実例にこだわるつもりです。が、その多くはニュース。ニュースで扱われる出来事の背景にはその当事者さんがおられます。すでに一般公開された内容とはいえ、事実の報道の範囲を超えてとりあげられることをそうした当事者の方が望まない場合も考えられるので、地名、人名などは架空のものに変えさせていただきます。

間違ってないのに間違って伝わる日本語

広瀬友紀(ひろせ・ゆき)

ニューヨーク市立大学にて言語学博士号(Ph.D.in Linguistics)を取得。電気通信大学を経て、東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻教授。研究分野は心理言語学・特に言語処理。『ちいさい言語学者の冒険――子どもに学ぶことばの秘密 』岩波書店
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