シュークリームが「自己」を見つめ直す!?
間違ってないのに間違って伝わる日本語

糖質を考えたシュークリーム

 

文法的には何も間違ってない。のに、 改めて考えるとなんかおかしな意味にとれてしまう日本語ってありますよね。今回はこちらのコンビニスイーツをネタに心理言語学的な考察をしてみましょう。

 

 

心理言語学とは「言葉の知識」と「その所有者である人間」の関わりを科学する分野です。言語の知識が人間によりどのように獲得され、運用され、場合によっては失われるか。ここではとくにその「運用」の面に焦点を当てます。私達が文を読んだり聞いたりする際にどのように文法知識を使いこなしながら情報を処理している(文理解)のか、また読み手、聞き手にとって日本語はどんな特徴を持つ言語なのか。今日はこのシュークリームさんにヒントをいただきましょう。

 

まず、「糖質を考えたシュークリーム」ってどういう意味でしょう。

 

a. 甘いものは好きだけど糖質の摂りすぎが気になる消費者でも安心して食べられるシュークリームをメーカーが開発した、という意味

b. シュークリームが「自分って糖質多すぎなんじゃないか」と考えた、という意味

 

「aに決まってるだろアホか!」と言われそうですが、中には「a.だってことはわかりきってるけど、ほんの一瞬b.を想像して『えっ』と思った」って人も少なくないのではないでしょうか。

 

一方、正しいほうのa.の解釈って文法的にどう実現されるか、簡単に説明しにくいほど複雑なのです。というわけで今日の真のテーマは日本語の関係節いろいろ、です。

 

それにしても国語の時間に、わざわざ日本語の関係節とはね、って改めて教わった記憶あまりないですよね。長い修飾部、っていって、形容詞句なんかと一緒くたになっていたような?

 

「関係節」という用語を初めて知ったのは英語の授業ではなかったでしょうか? 関係節の中には、先行詞の意味上の位置(役割)があって、それが主語 (以下例文のmetの主語)の場合だったり目的語 (metの目的語)だったりしうる、という説明をされたのを覚えておられるでしょうか?(私は、すごく意味がわからなかったことを覚えています)

 

She is the girl who __ met John in the park. (主語関係節)
She is the girl who John met  __ in the park. (目的語関係節)
太文字は先行詞、__は、先行詞の意味上の位置)

 

英語の教科書では主語関係節が先に出てきたと思います。実は英語母語話者の子供が英語を習得するときにも、また外国語学習においても、主語関係節のほうが目的語関係節よりも習得しやすいと報告されています。これら両方とも問題なく理解できる英語母語話者にとっても、前者のほうが認知的なコストがより低いということが各種心理言語学的実験によって示されています。関係節は心理言語学ではロングセラーのホットトピックなのです。

 

日本語では語順はずいぶん違いますが、それでも、認知コスト的に主語関係節が優位である(理解しやすい)ことを示す実験結果が示されています。

 

__太郎に会った女の子(主語関係節)

太郎が__会った女の子(目的語関係節)

 

そう考えると、「糖質を考えたシュークリーム」=シュークリームさんが糖質について考えている(何じゃそりゃ!) という解釈をもつ構造、つまり先行詞の意味上の位置が主語であるような構造が、実はあくまで統語構造的にはもっとも解釈において優先されやすい、ともいえちゃうわけです。

 

糖質を考えたシュークリーム(「__」はどこ?)

 

じゃあ、「糖質を考えたシュークリーム」の、本来正しい方の解釈において、(先行してないけど)先行詞(シュークリーム)の意味上の位置はいったいどこになるのでしょう?

 

「どこ」「いつ」「どうして」「どうやって」などの副詞的な(オプショナルな)情報が先行詞と対応している場合は確か学校では「関係副詞」って教わりましたっけね。

 

This is the park where the girl met Taro

これが、女の子が太郎に__会った公園。(「__」は「〜で」という副詞句に相当)

 

というわけで、文の中のいろんな位置が、関係節先行詞(先行してないけど)の意味上の位置になり得ることが伺えます。

 

が、それでも「糖質を考えたシュークリーム」の「シュークリーム」の意味上の位置はいまいちわかりません。英語に直訳しようにも一筋縄にはできない。「(それ=シュークリーム)を作るときに糖質の問題を開発者が考えたシュークリーム」??? ここではじめて、このフレーズを何の疑問もなくいったいどうやって解釈していたのか自問自答したくなります。

 

日本語にはこのような、「厳密に統語構造をあてはめるのが難しいけれど、全体の話題との関連性で解釈する類の表現」が数多くあり、広告を賑わしてくれます。

 

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こうした表現について、もれなく意図通りの解釈を可能にしてくれる決まりはaboutness(関連性と訳されています)といわれ、日本語に限らず理論言語学の分野でその理屈について研究されています。

 

いやー、我々はコンビニでシュークリーム買うときひとつとっても意外に難しいことをしているのですね。脳が疲れて甘いものが欲しくなってきた…。

間違ってないのに間違って伝わる日本語

広瀬友紀(ひろせ・ゆき)

ニューヨーク市立大学にて言語学博士号(Ph.D.in Linguistics)を取得。電気通信大学を経て、東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻教授。研究分野は心理言語学・特に言語処理。『ちいさい言語学者の冒険――子どもに学ぶことばの秘密 』岩波書店
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