料理家・枝元なほみさんの新連載「枝元なほみの親ごはん」がスタートします!
枝元なほみの親ごはん

bravotaro

2018/04/04

働き世代の多くが直面する、親の老い。 親の食事を気にかけることも自然と増えてきます。 自身もご両親の介護を経験した、 料理家の枝元なほみさんに、 作る側も、食べる側も嬉しくなるレシピを教えてもらう新連載がスタートします。

 

 

私は食いしん坊の家系です。父も母も弟もよく食べる人でしたし、もちろん私も。料理の仕事を始めた頃は、食べることより料理を作ることの方が好きなのだと思っていましたけれど、いやいやよく考えてみれば、やっぱり食い意地がはっていて、美味しいものが大好きなんだと近年思い至りました。

 

普通のサラリーマンだった父が持って帰って来てくれたお土産は、今でも好きなものばかり。ウエストのリーフパイ、小川軒のレーズンウィッチ、万世のカツサンド、ココア生地に白いホイップクリームのロールケーキ。

 

対して母の作る日々のご飯はどっしりと家庭料理。冷やし中華にはハムのかわりに魚肉ソーセージがのっていたし、味噌汁の中に入ったままのだしがらの煮干しも食べなさいと言われて、嫌だったなぁ。でも遠足のお弁当や小さなオーブントースターを駆使して作るグラタン、一人一つずつの小鍋で作ってくれる鍋焼きうどんなんかのごちそうが嬉しかったこともしっかり覚えています。

 

もうずいぶん昔のことなのに、こんなによく覚えているなんて、食べものの記憶ってしつこいくらい残るものなんですね。

 

私も弟も独立して、両親二人の暮らしになってから母は、果たしてどんな料理を作っていたのかしら。「お父さんと買いものに行って、スーパーでコロッケを一個ずつ買って車の中で食べるのが好きなの」と母から聞いたときは、うむ、我が親ながらなんとも庶民的であることよ、と思ったりもしたものでした。

 

その両親がともに老いた頃、弟が病気で先に逝き、そのショックで父が倒れました。それまでは父の運転する車だけが頼りだった老父母の暮らしが立ちいかなくなって、私の近所に越してきてもらってからは、今度は私が差し入れご飯をする番になりました。

 

唐突に始まった、おぼつかない介護でした。具合の悪い母が、認知症の始まった父の介護をし、私はご飯を届けつつその母の愚痴を聞く役でした。病院通いや順番に入退院を繰り返していたそのころ、両親はずいぶん痩せてきていましたっけ。「あんまりたくさん作らなくていいよ、食べきれないからね」と言われてショックだったこともありました。あんなによく食べる親たちだったのになあ。

 

そしてその母が先に他界、父が介護付きの病院に映ってからの差し入れは《お父さんのこと、気にしているよ! 一緒になんか食べようね》という意味合いの、元気づけのおやつやちょっとしたおかずに変わりました。病院のご飯があるから、たいしたものじゃないんです。小さな袋入りのおせんべいとか、市販のコロッケ1個だったこともあるんです。でもそのちょっとしたものを喜んで食べてくれることが、父の記憶や生きる意欲を引っ張りだしてくれるようにと思っていたのかもしれません。限りある時間なので、お医者さんも「食べられるならなんでも好きなものを食べていいですよ」と言ってくれました。

その父が亡くなって1年が経ちました。今思うと、よくやったなぁ。仕事を終えて病院に行って父が寝るまでいて、帰りにスーパーに駆け込んで次の日の撮影の買い物をして。でも楽しかった事もたくさん思い出すんです。「今日はどんな美味しいものを持ってきたの?」私の顔を見るなり、よくそんな風に言ってくれていました。今の私はこの食いしん坊の家系から、生きる意欲を受け継いだ気がしています。

 

今、子育てや介護に現役で頑張っている皆さま。どうぞ自分を大切にしながらお過ごしくださいね。どうぞどうぞがんばりすぎす、疲れすぎず、煮詰まらず、限りある時間を、ともに少しでものんきに過ごせますよう祈ります。

 

大丈夫、やっていけますよ! そしてそれはきっといつか、いい思い出の時間になりますよ。

 

 

次回より「枝元なほみの親ごはん」レシピ連載スタート!

この記事を書いた人

枝元なほみの親ごはん

料理家 枝元なほみ

撮影/キッチンミノル
取材・文/高田真莉絵

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