「旬の演者」を紹介するガイドブックがなぜない?【第34回】著:広瀬和生
21世紀落語史

21世紀早々、落語界を大激震が襲う。
当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。
志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い影を落としたはずだった。しかし、落語界はそこから奇跡的に巻き返す。様々な人々の尽力により「落語ブーム」という言葉がたびたびメディアに躍るようになった。本連載は、平成が終わりを告げようとする今、激動の21世紀の落語界を振り返る試みである。

 

僕が『この落語家を聴け!』という「お勧め落語家ガイド」本を執筆した理由は、同書の前書きに当たる『前口上 「現在進行形」の落語を聴こう!』に書かれていて、いま読み返しても過不足ない。なので、改めてここで詳しく書くのは避けるが、要は「そういうものが必要とされていた」のに「そういうものは存在しなかった」からだ。

 

2005年以降、落語特集を行なう雑誌、落語関連の書籍やムックの刊行点数は増え、中には笑芸人編のムック『落語ファン倶楽部』(2005年7月から年1~2冊のペースで不定期刊行)や浜美雪氏の書籍『師匠噺』(2007年4月刊)など、読みごたえのあるものもあったが、具体的に「どの落語家がどう面白いのか」を正面切って教える「チケットを買うためのガイド」は一向に現われなかった。

 

既存のライターにそれを書く能力のある人物がいなかった、とは言わない。単純に出版社側からアイディアが出なかっただけかもしれないし、既に職業として落語界にどっぷり浸っている書き手にはその手のものは書きにくかったのかもしれない。そこには、当時の落語業界における根強い「アンチ立川流」の風潮も関係していただろう。

 

僕が不思議だったのは、落語家ランキングを週刊文春で発表した堀井憲一郎氏のような「現代落語の最前線を知る文筆家」に、どうして誰もそういうガイドの執筆を依頼しなかったのか、である。(僕が知らないだけで「依頼したけど断られた」編集者がいた可能性もゼロではないが)

 

当時、落語家ガイドの類いが必要とされているのは間違いなかった。「誰も書かないなら自分で書こう」と思い立ったのは2007年の春。毎日いろんな落語家を幅広く観ていた僕には(音楽の分野で「ガイドを書く」仕事を20年続けてきたこともあり)、「自分なら役に立つガイド本が書ける」という自負があった。

 

そこで僕は伝手を辿り、某大手出版社の編集者に落語家ガイド本の企画を持ち込んだ。彼は優秀な編集者で、企画にも賛同してくれたが、落語に関してはまったくの畑違いということもあり、内容は僕に一任してくれた。

 

ガイド本を書くに当たって、僕が大前提としたのは「お勧めの演者だけを取り上げること」だった。

 

知名度があったり、いわゆる「落語通」や評論家筋が高く評価していたりしても、僕自身が面白いと思えない落語家については言及しない。「あえて取り上げて批判する」のは音楽のような巨大なマーケットにおいては意味があるが、落語のように狭い世界でそれをやるのは、まったく意味がない。僕は、世の中の人たちに「今、こんなに面白い落語家がいるんですよ!」と、具体的にお勧めしたかっただけなのだ。

 

「面白い落語家がいるから寄席に行こう」ということは皆が言っていた。だが、そこまでだった。僕が書くべきはその先、「じゃあ具体的には誰なの?」という素朴な疑問に答える本だった。

 

本全体の構成に関しては、「ベスト〇〇人」を五十音順に羅列したり、1位から〇〇位までをランキングしたり、という形式はやめようと最初から決めていた。

 

ガイド本であるのと同時に、僕はその本で「こんなに活気がある今の落語界」の分析も兼ねておきたかった。志ん朝の死から始まった21世紀の落語界の流れを整理し、それに基づきいろんな「旬の演者」を紹介したい。そのためには単純な「お勧め演者の羅列」ではなく、もっと系統立てた紹介の仕方が必要だ。

 

ランキングはわかりやすいかもしれないが、僕は五十音順の羅列以上に嫌だった。「個性の違いに優劣はつけられない」というのがその理由。取り上げている演者はそれぞれ面白いからお勧めしているのであって、そこに順位を付ける必要はまったくない、というのが僕の考えだった。

 

この本の大きな柱は2つ。

 

まず、「立川流とそれ以外」という区別が厳然と存在していて、寄席以外の場所で立川流が活躍しているという事実に正面から向き合うこと。言い換えれば、立川流をフェアに評価すること。

 

これは必ずしも「立川流を持ち上げる」ことではない。当時はアンチ立川流が存在したのと同時に「立川流ファン」的な人たちもいたが、僕はそうではなかった。単に「事実を認めよう」というのが僕の立場だ。

 

そしてもう1つ。僕は「昔と違って今は寄席が面白くなっている」という事実を強調したかった。

 

寄席は、番組を選ばず適当に入ればつまらない演者に当たる確率は非常に高い。最後まで面白い人が出てこなかった、ということもある。20世紀の終わりは特にそれが顕著だった。

 

だが、状況は21世紀に入ってだいぶ変わってきた。通常の寄席興行に、面白い演者が増えたのだ。これを強調したい、と僕は思っていた。

 

ただ「寄席に行こう」ではなく、「演者を選んで寄席に行こう」。これが『この落語家を聴け!』で一番言いたかったことだ。

 

僕にそう思わせた「寄席芸人」としての落語家は大勢いた。柳家さん喬、三遊亭歌武蔵、入船亭扇遊、春風亭一朝、橘家圓太郎……。

 

とりわけ僕個人にとって非常に大きな意味を持っていたのが柳亭市馬、柳家喜多八、橘家文左衛門(現・三代目文蔵)との出会いだった。彼らを観るために僕は寄席の定席に通った。「今、寄席にこんな面白い人たちが出てるんだ!」と声高に言いたい。それが、「立川流をフェアに評価する」ことと並び、僕が『この落語家を聴け!』を書く大きな原動力となった。

この記事を書いた人

21世紀落語史

広瀬和生(ひろせかずお)

1960年生まれ。東京大学工学部卒。ハードロック/ヘヴィメタル月刊音楽誌「BURRN! 」編集長。落語評論家。1970年代からの落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に生で接している。また、数々の落語会をプロデュース。著書に『この落語家を聴け! 』(集英社文庫)、『落語評論はなぜ役に立たないのか』(光文社新書)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社知恵の森文庫)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)などがある。
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