さん喬・喬太郎、感動の「公開小言」【第42回】著:広瀬和生
広瀬和生『21世紀落語史』

21世紀早々、落語界を大激震が襲う。
当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。
志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い影を落としたはずだった。しかし、落語界はそこから奇跡的に巻き返す。様々な人々の尽力により「落語ブーム」という言葉がたびたびメディアに躍るようになった。本連載は、平成が終わりを告げようとする今、激動の21世紀の落語界を振り返る試みである。

 

客を前にしての師弟対談は照れくさいのか、やりにくそうにしている喬太郎に、さん喬が「こういう対談も大変だけど、お客さんが居るからまだいいんだよ。私は昔、落語協会の季刊誌の取材で小さん師匠に目白のお宅でインタビューしたことがあって、師匠と私の2人っきりで、間にテープレコーダー。これは照れるよ」と、自分のエピソードを話し始めた。「でも普段は滅多に聞けないようなことを面と向かって聞けたのは嬉しかった。普段は芸談なんて語ってくれる師匠じゃなかったからね」

 

これで緊張がほぐれ、話が弾み始める。やがてさん喬が「さっき、モヤモヤしてるって言ってたのはどういうこと?」と水を向けると、喬太郎はこう言った。

 

「例えば小三治師匠ならいつもの『小言念仏』でも毎回新鮮で面白く聴かせることができるけど、自分にはそんな芸はない。なので毎回同じ噺をお聞かせしては申し訳ない、と……」

 

そんな喬太郎から、忙しさと諸々のプレッシャーに苛立っている様子を見て取ったのか、さん喬は「おまえはまた同じ『竹の水仙』とか言ってたけど、それは違うよ」と諭し始める。

 

志ん朝には追っかけの客が大勢いて、そういう人たちを見つけると「また来てるよ」と嫌がっていた、という例を引き合いに出したさん喬は、志ん朝の追っかけには「来てるよ!」とアピールしたがるタイプが多かったから確かに嫌がる気持ちもわからなくはない、とワンクッション置きつつ、こう言った。

 

「志ん朝師匠は『また同じ噺だ』と思われるのが嫌だと言ってたけど……でも、それはどうなんだろうね。お客さんは、その人の噺が聴きたいから追いかけてくださる。おまえを追いかけてくださるお客さんは、おまえの噺が聴きたいんだ。『同じ噺じゃ飽きるだろう』なんて思う必要はない。

 

『喬太郎の噺』が聴きたいから何度でも来てくださるんだよ」

 

すると喬太郎は「でも正直、『喬太郎なら何でもいい』とお客さんに思われちゃうと自分が潰されそうで」と言う。それに対してのさん喬の答えが、さすがだった。

 

「潰れかけてるなんて考えることは傲慢なんだよ。『どうせこいつは俺のハンバーグなんて食べ飽きてるんだ』と思って出したら美味くないよ。毎日工夫して『今日のハンバーグは昨日とはまたちょっと違いますよ、食べてみてください』という気持ちで作らなきゃダメなんだ」

 

「おまえ、さっき『またこの噺だとお思いでしょうが』って言ってただろ。それが傲慢なんだ。『おまえの考えなんか誰も気にしちゃいねぇよ』って五代目(小さん)が言ってた。おまえは『小三治師匠なら芸があるから同じ噺を聴いても飽きさせない』って言ってたけど、小三治さんは同じじゃないよ、いつも違うんだよ。五代目だって、あれで完成されたとは思ってない。圓生師匠だって志ん朝師匠だって、もっと生きていれば、もっと違うことをやったと思う」

 

「潰されそうって言うけど、お客は潰しにかかるもんだよ。潰れたらもう一度作ればいい。俺なんか最初から潰れてる。おまえは売れるのが早すぎた。いろんな仕事が来て、おまえは律儀に『師匠、こういう仕事が来ました』と言ってくる。師匠が弟子に『ダメだ』と言うのは簡単だけど、ヤキモチ焼いてると思われるのは嫌だから、私はおまえがどれだけ仕事を請けても『ダメだ』とは言わない。船底に穴が開いてるな、と思ったら、まず身を捨ててみろ。五代目も、志ん朝さんも、そうやって自分の噺をこしらえたんだ」

 

そして、さん喬は喬太郎に優しいまなざしを向けて、付け加えた。

 

「少し聴いてないうちに、喬太郎は随分成長した。弟子は師匠の名を残すことが出来る。おまえが立派になって、どこへ行っても『さん喬の弟子の喬太郎』と言われる。ありがたいことだ。師匠は弟子を大きくしてやることはできないが、弟子は師匠を育てることができるんだよ」

 

なんと素敵な師弟関係だろう。喬太郎が思わず口にした本音を真正面から受け止めて、「師匠が言うべきこと」「師匠にしか言えないこと」をきちんと言ったさん喬は素晴らしいと、つくづく思った。

 

「こういう話は楽屋でするべきでした」と照れ笑いするさん喬。「対談じゃなくて公開小言になってしまいました」

 

僕には「小言」というより喬太郎にとっての「公開悩み相談室」だったように思える。普通のシチュエーションでは「師匠に面と向かっては訊けない」ことを、客の前での対談だからこそ思いきって言えたのではないだろうか。

 

この翌年、アスペクトから2冊目の書籍となる『この落語家に訊け!』で喬太郎にインタビューしたとき、この「公開小言」のことを訊くと、「あれは、ちょっと泣けちゃいましたね。うちの師匠、昔からそういうことを言ってくれるんですよ……また泣けてきちゃいそう」と言って、こう続けた。

 

「ああ言ってもらえて、力が抜けてホッとしたのと、でも甘えちゃいけない、今までと違う褌の締め方をしないといけないと思いましたね。その両方です」

 

あれから10年。落語界の状況もだいぶ変わったが、喬太郎の「追っかけ」ファンの熱烈さは相変わらずだ。人気落語家は大勢いるが、喬太郎ファンはちょっと特殊に思える。そして、それに嫌気が差しているような発言が、今も高座の喬太郎からポロッと飛び出すことがある。

 

だがそんなとき、喬太郎はきっとあの「公開小言」を思い出すに違いない。最近出たさん喬・喬太郎の共著『なぜ柳家さん喬は柳家喬太郎の師匠なのか?』(徳間書店/2018年)の中でも、喬太郎は「中野の親子会の客前のトーク」に触れ、「お前のハンバーグが食べたいから来てくれるんだよって言ってくれたのを今でも鮮明に覚えている」と言っているくらいだから……。

 

ちなみに、さん喬が「ハンバーグ」を引き合いに出したのは、さん喬の実家が洋食屋さんだからだろう。

21世紀落語史

広瀬和生(ひろせかずお)

1960年生まれ。東京大学工学部卒。ハードロック/ヘヴィメタル月刊音楽誌「BURRN! 」編集長。落語評論家。1970年代からの落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に生で接している。また、数々の落語会をプロデュース。著書に『この落語家を聴け! 』(集英社文庫)、『落語評論はなぜ役に立たないのか』(光文社新書)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社知恵の森文庫)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)などがある。
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