「羊の皮を被った狼のような古典落語」【第43回】著:広瀬和生
広瀬和生『21世紀落語史』

21世紀早々、落語界を大激震が襲う。
当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。
志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い影を落としたはずだった。しかし、落語界はそこから奇跡的に巻き返す。様々な人々の尽力により「落語ブーム」という言葉がたびたびメディアに躍るようになった。本連載は、平成が終わりを告げようとする今、激動の21世紀の落語界を振り返る試みである。

 

『この落語家を聴け!』のヒット以降、僕に落語関連の原稿依頼が来るようになった。集英社の読書情報誌『青春と読書』に2009年7月号から2010年4月号まで連載した『現代落語の基礎知識』(2010年10月に書籍化)は珍しく「落語論」の依頼だったが、大抵は「落語家ガイド」が僕に求められた。

 

講談社の青年コミック週刊誌「モーニング」に2009年5月から1年間連載した『今週この落語家を聴け!』はタイトルどおり僕が毎週お勧めの落語家について語るもので、『この落語家を聴け!』をガイドとして活用してくれていたモーニング編集部次長(当時)が持ってきた企画。少女漫画家の勝田文さんが落語家のイラストを描いてくれたこの連載は、最初の打ち合わせから書籍化前提で講談社生活文化局の部長も同席、2010年6月には『この落語家をよろしく』と改題して単行本化された。

 

落語特集のムックのために2009年版「この落語家を聴け!」を書いてほしいと依頼してきたのは文藝春秋社の編集委員室だった。もっともその実態は「お勧めの落語家を15人紹介する」コラムを書いてほしいということだったが、文字数は「2万字」と多く、『この落語家を聴け!』をアップデートする内容にしてほしいということだった。

 

ちなみに、2009年12月に発行されたこのムックのタイトルは『今おもしろい落語家ベスト50』。落語ファンのアンケートで1位から50位までの落語家ランキングを作ることを柱として企画されたもので、集計の結果1位となったのは柳家喬太郎。以下「志の輔、小三治、談春、志らく、談志……」と続くが、こういうランキングも当時の「モヤモヤする」喬太郎には苛立たしいことだったように思える。

 

「モーニング」連載やムック用の原稿など、2009年になってから僕が書いた「お勧めガイド」を読むと、『この落語家を聴け!』を執筆した当時からの僕の考えの変化が見て取れる。

 

まず、桃月庵白酒に対する評価。『この落語家を聴け!』で僕は「このところグングン魅力的になってきている若手真打」「古典落語の明日を担うホープの1人」「古典の王道に意外な風穴を開けて独自の爆笑噺を生み出している」といった書き方をしていて、大好きな演者の1人だったことは確かだが、「飛び抜けた存在」と評価していたわけではなかった。

 

だが2009年の僕にとって、白酒は完全に「特別な存在」になっていた。当時の原稿で僕は白酒のことを「今、僕がハマってるイチ推しの若手真打」と断言し、「とにかく上手くて面白い」「この人の高座にはハズレがない」と大絶賛している。

 

白酒が真打昇進したのは2005年9月。『この落語家を聴け!』の原稿を書いた2007年の段階でも既に同世代の中では群を抜いていたが、思えばまだまだ発展途上だった。それから2年の間に白酒は大きく進化して、

 

「白酒落語」の世界を作り上げていった。その「成長する白酒」を追いかけ、そこで目撃した「今の白酒」の魅力を世間に広くアピールしたいと考えていたのが2009年の僕だった。

 

僕が白酒のことを書いた原稿で、2009年に初めて出てきたフレーズが「羊の皮を被った狼のような古典落語」という表現だ。伝統の中で暴れる白酒の芸風に魅せられた僕が、彼がいかに「スペシャル」かを訴えたくて思いついたこの形容は、2010年10月に発売された集英社文庫版の『この落語家を聴け!』の本文にも新たに盛り込まれている。

 

その文庫版『この落語家を聴け!』で、僕は、2008年から2010年までの間で起こった様々な変化について「文庫版のためのあとがき」で補足した。白酒については、こう書いている。

 

「面白さはこの2年間でさらに数段アップ、『爆笑古典なら白酒を聴け!』と自信を持って勧められる最強の存在になった」

 

そう感じていたのは僕だけではなく、白酒の高座に足を運ぶ落語ファンの人数は右肩上がりに増え続けた。2010年代に入ると白酒の存在感はどんどん大きくなり、「東京を代表する人気落語家の1人」と呼べる存在になっていったのである。

 

そして白酒は、そうした状況に胡坐をかくことなく、「蔵出し」や「掘り起し」で新たな武器を増やしている。2014年の五夜連続独演会では爆笑編の『芝浜』を披露して落語ファンを大いに驚かせた。古今亭の型をベースに、「強い女房と小心者の亭主」という得意のパターンに持ち込んで、「笑える噺」として『芝浜』を再構築することで、あの噺が本来持っていた「市井の平凡な夫婦のちょっといい話」という魅力を、改めて浮き彫りにしてみせたのである。「泣かせる噺」として演じる落語家が多い中、こういう発想ができるのは白酒だけだ。

 

2018年3月、白酒は平成29年度芸術選奨の文部科学大臣新人賞を受賞した。人情噺を嫌って滑稽噺で勝負する「現代的な爆笑派」としての白酒の独特なスタンスが、現代落語界を豊かなものにしている。その功績は極めて大きい。

 

『この落語家を聴け!』で僕は白酒のことを「まさに今が旬」と書いたが、白酒の本当の「旬」は2000年代ではなく、2010年代に始まった。そしてその「旬」は、2020年代以降も長く続いていくと僕は信じている。

21世紀落語史

広瀬和生(ひろせかずお)

1960年生まれ。東京大学工学部卒。ハードロック/ヘヴィメタル月刊音楽誌「BURRN! 」編集長。落語評論家。1970年代からの落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に生で接している。また、数々の落語会をプロデュース。著書に『この落語家を聴け! 』(集英社文庫)、『落語評論はなぜ役に立たないのか』(光文社新書)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社知恵の森文庫)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)などがある。
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