スーパー二ツ目、一之輔【第44回】著:広瀬和生
広瀬和生『21世紀落語史』

21世紀早々、落語界を大激震が襲う。
当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。
志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い影を落としたはずだった。しかし、落語界はそこから奇跡的に巻き返す。様々な人々の尽力により「落語ブーム」という言葉がたびたびメディアに躍るようになった。本連載は、平成が終わりを告げようとする今、激動の21世紀の落語界を振り返る試みである。

 

2008年に発売された『この落語家を聴け!』の内容と、2009年に僕が書いた落語家ガイド類との決定的な違いは、当時まだ二ツ目だった春風亭一之輔に対するスタンスだ。

 

『この落語家を聴け!』の企画を立てた2007年夏の段階で、僕は一之輔の扱いを決めかねていたが、最終的には、彼に言及するのはやめた。当時の一之輔は二ツ目になってまだ3年ほどで、「上手くて面白い古典派」として注目してはいたものの、それほど傑出した存在ではなかった。

 

だが一之輔の印象は、2008年の後半あたりからガラッと変わった。彼自身の個性が登場人物の台詞に投影され、オリジナルのギャグがどんどん増えていって、強烈な印象を与えるようになったのである。いわゆる「化けた」というやつだ。

 

この変化について一之輔に尋ねたことがあるが、当人は特に意識していなかったようだ。実はここが重要なところで、一之輔のギャグは決して計算づくではなく、噺の流れの中で登場人物が「つい言ってしまう」ものなのだ。後年、一之輔の真打昇進披露興行での口上で、柳家小三治は一之輔のくすぐり(ギャグ)について「噺の登場人物がその了見で言っている」と評しているが、おそらく一之輔が「登場人物の了見になって」自在に落語ができるようになり始めたのが2008年後半あたりなのだろう。

 

最初に「一之輔って、いつの間にこんなに面白くなったの!?」と驚いたのは、2008年9月25日、中野・なかのZERO小ホールでの「若手研精会OB連落語会」だった。市馬・喜多八・三三らが出演したこの会で開口一番を務めた一之輔の『初天神』のあまりの面白さに衝撃を受けた僕は、「上手くて面白い二ツ目」一之輔の存在を改めて意識するようになった。

 

当初はそれほど頻繁に一之輔の高座に接していたわけではなかったが、2009年に入り、当時一之輔が日暮里サニーホール・コンサートサロン(定員100)で毎月開いていた勉強会「真一文字の会」に足を運ぶようになってから、僕の中で一之輔の存在が徐々に大きくなっていく。

 

強く印象に残っているのは一之輔が開口一番を務めた2009年3月25日の渋谷・NHKふれあいホールでの「第1回落語らいぶ2009」。立川談春・三遊亭白鳥・柳家喬太郎・柳家三三らといった人気真打の高座を放送用に収録する公開録音ライヴで、一之輔の高座は放送用ではなかったのだが、彼の演じた『初天神』は以前にもまして面白く、その日の出演者の中で唯一録音されなかった二ツ目の高座が、僕に最も強烈な印象を残す結果となったのである。

 

それ以来、僕はさらに熱心に一之輔を追いかけるようになった。

 

「モーニング」で僕が一之輔を初めて取り上げたのは連載第18回(原稿締切は2009年9月4日)。そこで僕は一之輔のことを「今、最もホットな若手」「二ツ目ながら面白さは完璧に真打」「落語界の未来を背負って立つ逸材」と書いた。

 

ほぼ同じ時期に文藝春秋社のムックから依頼のあった「お勧めの落語家15人」の原稿でも、僕は15人(実際には「談志と小三治」を1つの項目にまとめたので16人)の中に一之輔を選び、「桃月庵白酒とはまた別の『羊の皮を被った狼のような古典』の使い手」「豪快さと繊細さが同居するところは橘家文左衛門のよう」「声の強弱を駆使するメリハリの効いた演技は柳家喜多八にも通じる」と、大好きな演者3人を引き合いに出して誉めている。

 

その頃、一之輔は年4回のペースで「いちのすけえん」という独演会を新橋の内幸町ホール(客席数183)で行ない、毎回ほぼ満席に近い観客を集めていた。当時の内幸町ホールでは立川志らくが月例独演会「志らくのピン」を開いていたし、桃月庵白酒の定例会「白酒ひとり」も、やはりこの会場。柳家三三は2007年から2008年まで月例「三三独演」をやっていた。つまり内幸町ホールと言えば人気真打が独演会をやるような会場であり、二ツ目の一之輔がここで独演会をやれるというだけでも凄いことだった。

 

一之輔の高座では、登場人物が勝手に噺の中で暴れ、オリジナルのギャグがアドリブで生まれていく。だから同じ噺を何度聴いても飽きない。追いかける対象としての一之輔の優先順位は、僕の中でどんどん上がっていった。2010年10月に出た集英社文庫版『この落語家を聴け!』の「文庫版のためのあとがき」で僕は「今、僕にとって最もホットな若手落語家は桃月庵白酒と春風亭一之輔」と言い切り、3ページに亘って「一之輔論」を書いている。

 

2011年に入ると一之輔は「真一文字の会」を内幸町ホールに移し、予約で完売するようになる。夢空間(演芸プロモーター)主催の独演会も国立演芸場(座席数300)で開かれるようになり、これもチケット完売。もはや完全に「売れっ子」の域である。2010年にはNHK新人演芸大賞の落語部門で大賞も獲っているし、真打にさせてもいいんじゃないのか、という見方をするファンもいたが、一之輔の所属する落語協会の通例では、真打昇進は二ツ目を9年から10年くらい経験してから。一之輔が前座から二ツ目に昇進したのは2004年11月で、真打はまだだいぶ先の話に思えた。

 

(この項続く)

21世紀落語史

広瀬和生(ひろせかずお)

1960年生まれ。東京大学工学部卒。ハードロック/ヘヴィメタル月刊音楽誌「BURRN! 」編集長。落語評論家。1970年代からの落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に生で接している。また、数々の落語会をプロデュース。著書に『この落語家を聴け! 』(集英社文庫)、『落語評論はなぜ役に立たないのか』(光文社新書)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社知恵の森文庫)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)などがある。
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