「こしらへ ふざけるにもほどがあるが、ふざけないよりまし 志らく」【第49回】著:広瀬和生
広瀬和生『21世紀落語史』

agarieakiko

2019/02/21

21世紀早々、落語界を大激震が襲う。
当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。
志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い影を落としたはずだった。しかし、落語界はそこから奇跡的に巻き返す。様々な人々の尽力により「落語ブーム」という言葉がたびたびメディアに躍るようになった。本連載は、平成が終わりを告げようとする今、激動の21世紀の落語界を振り返る試みである。

 

 2011年に志らく一門の二ツ目4人を対象として6回にわたり開催された「真打トライアル」は「志らく一門会特別編」と銘打った落語会で、毎回最後に志らくが講評を述べて100点満点で採点する他、観客の投票結果も点数化されて発表された。(観客は二ツ目4人の高座名が書かれた投票用紙に1人または2人に丸を付けて提出)

 

 4人の中で志ら乃だけは過去に単独でトライアルを行なっていた。最初は2007年11月7日。新宿FACEで行なわれたこのトライアルで『たらちね』『笠碁』『鰻屋』『湯屋番』を演じた志ら乃に対し、志らくは「今のままでは『こいつはいいんですよ!』と家元に言えない」と言い、「来年、毎月300人程度の会場で独演会をやって客を集めること」「その会では毎回ネタ下ろしを4席、中に大ネタを必ず入れること」という課題を出した。それを受けて2008年に志ら乃が浜松町の文化放送メディアプラスホールで毎月「真打になりたーい!」と銘打った独演会を行なったが、やはり真打にはなれなかった。

 

 とはいえ志らくが弟子の中で志ら乃を最も高く評価していることは明白で、2007年のトライアルでも「いずれは真打にする」と言っていた。そんな志ら乃にとって「他の弟子と争う」トライアルは、昇進切符を手に入れる絶好の機会だ。

 

 5月30日に渋谷・伝承ホールで行なわれた第1回の結果は次のとおり。

 

らく朝『替り目』客59点/志らく55点

志ら乃『粗忽長屋』客177点/志らく70点

こしら『看板のピン』客159点/志らく65点

志らら『ちりとてちん』客117点/志らく55点

 

 点数的には順当な滑り出しを見せた志ら乃だったが、講評で志らくは「美学が外れてる」と苦言を呈した。観客の「ウケ方」で言えば、こしらや志ららのほうが上だったと記憶する。

 

 第2回から第5回までは内幸町ホールで行なわれた。第2回(7月24日)の結果は次のとおり。

 

志らら『疝気の虫』客19点/志らく20点

らく朝『厩火事』客74点/志らく35点

志ら乃『三軒長屋』客75点/志らく65点

こしら『まめや』客160点/志らく75点

 

 何とこしらが志ら乃を大きく上回ったのである。

 

 だが、第3回(8月19日)はこしらの出来がイマイチで、志ら乃が巻き返す。

 

こしら『青菜』客57点/志らく55点

志らら『宮戸川』客52点/志らく55点

らく朝『猫の災難』客54点/志らく70点

志ら乃『崇徳院』客119点/志らく75点

 

 9月14日、成城ホールでの「こしら・一之輔」のアフタートークで、こしらは一之輔に「一緒に真打になっちゃおうぜ!」と言った。それは「一之輔の真打昇進はまだ先だ」という前提の、ちょっと先輩風を吹かせた言い方(もちろんシャレ)だったが、落語協会から「来年3月に一之輔が真打昇進」と発表されたのはその翌日のこと。10月13日の「こしら・一之輔」のトークで「一之輔さんズルいよ、知ってたんでしょ! 先月あんなこと言って恥かいたよ」とこしらは言っていたが、一之輔は9月15日になってから、(師匠から連絡が来る前に)ツイッターで知ったのだという。

 

 そんな中、志らく一門のトライアルでこしらも徐々に真打に近づいていく。9月19日の第4回の結果は次のとおり。

 

志ら乃『時そば』客68点/志らく60点

こしら『だくだく』客58点/志らく60点

志らら『壺算』客72点/志らく65点

らく朝『文違い』客56点/志らく65点

 

 志ららの『壺算』の面白さが際立っていた第4回のこしらの得票は伸びなかったが、10月8日の第5回ではこしらが勝負強さを発揮する。

 

らく朝『笠碁』客51点/志らく60点

志ら乃『鼠穴』客60点/志らく72点

こしら『火焔太鼓』客111点/志らく80点

志らら『強情灸』客45点/志らく55点

 

 この日の『火焔太鼓』のウケ方は圧巻だったが、特筆すべきは志らくがこしらに与えた点数の高さだ。

 

 そして10月31日、伝承ホールに戻って開かれたファイナルでは、志らくは落語の他に「価値観」の採点も行なった。

 

志らら『風呂敷』(客61点/志らく60点/価値観20点)

らく朝『百川』(客60点/志らく65点/価値観20点)

志ら乃『宿屋の富』(客157点/志らく85点/価値観40点)

こしら『たいこ腹』(客178点/志らく70点/価値観5点)

 

 志らくは「私は志ら乃が真打になるべきだと思うが、客はこしらを支持している。しょうがないから2人同時だな」と結論付けた。こしらが成城ホールで一之輔に言った「一緒に真打になろうぜ!」は、ほぼ実現したと言っていい。

 

 ただし、こしらと志ら乃が実際に真打昇進を果たしたのは、それから1年以上先だった。立川談志が2011年11月21日に亡くなったため、1年間は喪に服したということだろう。こしら・志ら乃合同での真打昇進披露パーティーは2012年12月7日に東京會舘で行なわれた。「談志の孫弟子初の真打」は、談志亡き後に誕生したことになる。

 

 一之輔の真打昇進によって「こしら・一之輔」が半年に一度の特別興行となったため、僕はその後継企画として成城ホールでこしらの他に鈴々舎馬るこ、三遊亭きつつきという2人の二ツ目を起用した月例三人会「新ニッポンの話芸」を2012年7月にスタートさせていた。そうした縁もあり、12月17日には成城ホールでこしらの「真打昇進披露の会」が行なわれ、師匠志らくの他に立川左談次、立川談四楼、立川談笑らが顔を揃えた。こしらの演目はおめでたく『御神酒徳利』。僕のリクエストだった。

 

 昇進内定の際、講評で志らくは2人に「一之輔よりいい噺家になってくれればいい」と言った。少なくともこしらに関しては(そもそも「ジャンルが違う」ので)それは無茶な要求というものだが、真打となったこしらは毎月の「こしらの集い」で満員の観客を沸かせ、海外でも落語会を開くなど独自の活動を行ないながら、ラジオでも得意のおふざけトークを展開、順調に「立川流きっての爆笑派」としてのステイタスを築いていく。

 

 そして、そんな「異能の弟子」こしらの才能を、実は志らくも高く評価しているはずだ。2017年3月28日、お江戸日本橋亭での「志らく・こしら親子会」で配布された手拭には、「こしらへ ふざけるにもほどがあるが、ふざけないよりまし 志らく」と、志らくからこしらへの「贈る言葉」が直筆で染め抜かれていた。さすが師匠、弟子をよく見ているではないか。

21世紀落語史

広瀬和生(ひろせかずお)

1960年生まれ。東京大学工学部卒。ハードロック/ヘヴィメタル月刊音楽誌「BURRN! 」編集長。落語評論家。1970年代からの落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に生で接している。また、数々の落語会をプロデュース。著書に『この落語家を聴け! 』(集英社文庫)、『落語評論はなぜ役に立たないのか』(光文社新書)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社知恵の森文庫)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)などがある。
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