東日本大震災「今日は中止です。来たのは広瀬さんだけです」【第50回】著:広瀬和生
広瀬和生『21世紀落語史』

bw_manami

2019/02/28

21世紀早々、落語界を大激震が襲う。
当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。
志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い影を落としたはずだった。しかし、落語界はそこから奇跡的に巻き返す。様々な人々の尽力により「落語ブーム」という言葉がたびたびメディアに躍るようになった。本連載は、平成が終わりを告げようとする今、激動の21世紀の落語界を振り返る試みである。

 

 2011年3月11日の夜、僕は神保町のらくごカフェで柳家一琴の独演会を観るつもりだった。

 

 らくごカフェは高座が常設された「喫茶&落語ライヴスペース」で、50人程度まで収容できる。一琴はここで3月9日から14日までの6日間連続7公演で毎回3席ずつネタ下ろしをやる「柳家一琴21席連続根多おろしの会」を企画していた。

 

 初日の9日、僕は横浜にぎわい座の「新・志らく百席」に行ったので欠席したが(その日の一琴の演目は『弥次郎』『そば清』『三軒長屋』)、翌10日はらくごカフェに行き、『かぼちゃや』『猫の皿』『死神』の3席を観ている。11日のネタ出しは『死ぬなら今』『矢橋船』『付き馬』だった。

 

 だがこの日の午後2時46分、宮城県牡鹿半島の東南東沖で観測史上最大の地震が発生。東日本大震災である。僕の職場は神保町のすぐ隣の小川町で、らくごカフェは徒歩圏内。様々な物が散乱するオフィス内の片づけを午後6時過ぎに中断した僕は、らくごカフェに向かった。すると1階入口で一琴が出迎えてくれて「今日は中止です。来たのは広瀬さんだけです」と言われた。

 

 当然だ。首都圏の交通はストップし、街は帰宅難民で溢れている。この混乱した状況で落語会ができるわけがない。僕は徒歩だったから行けただけだ。

 

 結局これ以降、予定どおり実施されたのは13日(『居候』『試し酒』『牡丹灯篭:お露新三郎~お札はがし~栗橋宿~おみね殺し』)だけで、12日の昼夜2公演と14日は中止。振替公演が3月19日(11日分)、4月4日(14日分『お血脈』『鷺とり』『らくだ』)、4月9日(12日昼公演分『時そば』『野ざらし』『火事息子』、4月10日(12日夜公演分『あくび指南』『権兵衛狸』『景清』)の4回に分けて行なわれた。

 

 それでも「21席のネタ下ろし」は凄いことなのだが、「連続」のインパクトは薄れた。残念なことだ。

 

 この東日本大震災は、相次ぐ落語会の中止を招いた。震災発生から10日間くらいは、特にホール系の会場で開催に踏み切るかどうかの判断は難しかっただろう。余震の恐れや原発事故に伴う電力不足もあったが、何より社会全体を覆う「自粛ムード」の影響は大きかったと思う。

 

 東京電力管内の計画停電が始まり、街がめっきり暗くなっている中、銀座ブロッサムで行なわれた「立川志らく独演会」(3月17日)は、客席数900が完売だったにもかかわらず、空席が相当あった。この時期の、あの規模の大ホールでの「開催決行」には勇気が要ったと思うし、実際に批判的な声もあったが、出かけた観客の1人として僕は「やってくれてよかった」と思った。

 

 ちなみにその4日後の3月21日には僕自身が関わる「月刊談笑」という北沢タウンホールでの落語会があり、出演者及び主催者の「中止にする必要はない」という総意で予定どおり開催されている。

 

 3月11日以降、僕が行く予定だったのに中止となった落語会は、12日の渋谷・伝承ホールでの昼夜2公演(「古典ムーヴ2011(文左衛門・遊雀・生志・一之輔)」/「SWAクリエイティブツアー」)、15日の博品館劇場「鯉昇・喬太郎古典こもり」、19日「朝日名人会」(小三治、志の輔、白酒ほか)、25日葵寿司「雲水の会(ゲスト談春)」、26日三鷹公会堂「春風亭昇太独演会」の6つ。

 

 そう書くと多いようだが、実は12日と15日を除けば僕は毎日どこかで落語を観ていた。つまり、少なくとも余震が収まってからは、中止にならなかった落語会も多かった、ということだ。

 

 実際、かなり早い段階から「中止ではなく収益の一部を義援金に」という判断を下した主催者も多く、会場で義援金を募る光景があちこちで見られた。3月27日には大阪府堺市民会館の「立川談春独演会」に(ネタ出しの『子別れ(通し)』を観るために)行ったのだが、ここでも大々的に義援金を募っていて感銘を受けた覚えがある。

 

 「自粛」ではなく「それぞれが自分にできることを」という健全な発想が、ポジティブな流れを生んでいった。復興支援を謳った公演も企画されるようになり、4月13日には春風亭小朝が発起人となって渋谷のC.C.Lemonホールで「東日本大震災チャリティ落語会-落語の力-」が開催され、入場料は総て寄付されている。当日の出演者と演目は次のとおり。

 

柳家三三『釜泥』

柳家喬太郎『転失気』

三遊亭円楽『馬のす』

春風亭小朝『扇の的』

 

~仲入り~

林家たい平『湯屋番』

柳家花緑『初天神』

サンドウィッチマン(漫才)

 

 トリがサンドウィッチマンというのは落語会としては異例だが、彼らが震災直後から復興支援に積極的に尽力してきたことを考えると、むしろ当然だろう。

 

 僕の実感では、ゴールデンウィークを境に「自粛ムード」は消え、落語界は平常モードに戻っていった。

 

 だがこの年、落語の世界にまた別の大きな「事件」が起こることになる。

 

 「立川談志の死」である。

21世紀落語史

広瀬和生(ひろせかずお)

1960年生まれ。東京大学工学部卒。ハードロック/ヘヴィメタル月刊音楽誌「BURRN! 」編集長。落語評論家。1970年代からの落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に生で接している。また、数々の落語会をプロデュース。著書に『この落語家を聴け! 』(集英社文庫)、『落語評論はなぜ役に立たないのか』(光文社新書)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社知恵の森文庫)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)などがある。
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