「談志体調不良のため出演順に変更があります」【第52回】著:広瀬和生
広瀬和生『21世紀落語史』

21世紀早々、落語界を大激震が襲う。
当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。
志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い影を落としたはずだった。しかし、落語界はそこから奇跡的に巻き返す。様々な人々の尽力により「落語ブーム」という言葉がたびたびメディアに躍るようになった。本連載は、平成が終わりを告げようとする今、激動の21世紀の落語界を振り返る試みである。

 

『黄金餅』をダイジェストのような形で語った中野の高座から11日後の2008年4月19日、吉祥寺・前進座での「立川談志一門会」に出掛けると、「談志体調不良のため出演順に変更があります」との貼り紙があった。プログラムでトリとなっている談志が仲入り前の出番になり、トリが立川生志に変更されたというのだ。

 

 前座(松幸)、二ツ目(談修)に続いて談志が登場。出番の変更の理由が喉の不調であることは声を聞けばすぐにわかる。出番を入れ替えた理由を説明した後、いつもの調子のマクラからジョーク、そして「おい、呼びにやったら来なきゃダメじゃないか……」と落語に入ったが、この台詞の後半が酷く掠れてしまった。「ダメですね……」と呟いた後、袖に向かって「おい、談春、歌舞伎座ダメだぞ、これ!」と叫ぶ。歌舞伎座とは言うまでもなく、2ヵ月後に控えた談春との親子会のことである。

 

 普通に喋る声も痛々しいが、落語になると調子を張り上げて語るだけに、さらに厳しい。続けようとして、すぐ無理だと判断した談志が「おい! 春! 帰っちゃったか?」と袖に向かって叫ぶ。出演予定のなかった洋服姿の談春が談志の脇に来ると、談志はオフマイクで「お前、俺の着物着ていいから、志雲(生志の言い間違い)の後に上がって」と指示。談春が袖に戻ると、談志はレストランのジョークを披露したが、これも掠れて聞き取りにくい。

 

 談志は「実は『ろくろっ首』を演ろうと思ったんです」と続けた。「俺のは普通と違うんです。縁談があって、向こうの娘は器量もいいし申し分ないが、1つだけ瑕がある、ろくろっ首だと。『じゃ行くよ!』『え?』『面白いから行く!』と……見世物で面白いから行くという了見の与太郎で、新しい『ろくろっ首』をこしらえたんですが、その『ろくろっ首』は、次の機会があれば」と言って談志は高座を降りた。

 

 仲入り後には生志が『茶の湯』を演り、続いて急遽トリを務めることになった談春が登場。「まさかこういう形でここ(前進座)に出ることになるとは……言いたいことは山ほどありますが、家元の着物に身を包んで一席申し上げます」と『明烏』に入っていった。

 

 談春が語り終えて幕が下りたのが午後8時20分。午後6時開演だからそのまま終演でもいい時間だが、もう一度幕が上がり、普段着姿の談志が舞台下手で土下座している。そして高座に上がって胡坐をかき、「談春が居て助かりました。上手くなったでしょ? 今の落語家では志の輔、談春、志らく、この三羽烏が図抜けています」と談春をねぎらう。

 

「こういう声のつもりでこの劇場と契約したんじゃないからね。これが二、三度続けば、終わりである、ということでしょう」

 

 途中でビールを持ってこさせつつ、20分間ほどジョークを披露した後、「心よりお詫びを申し上げます」と言って深々と頭を下げ、幕が下りてくる中、バタンと高座に倒れこんだ。

 

 4月22日、有楽町・朝日ホールの「立川生志真打昇進記念落語会」では、志の吉(開口一番)、春風亭昇太(ゲスト)に続いて談志が登場。「声が出なくなっちゃって、中トリは志の輔に任せます。志の輔より酷い声になっちゃった」と出番変更の説明。「声が出なくて演れる落語は二席しかない」と言って、『唖の釣り』と『こんにゃく問答』の一部を少々。「もう気力がもたない。終わりが来たということだけれど、その終わりにどう対処していくか……」 そう言った後、ジョークを幾つか披露して、談志は高座を下りた。

 

 次に談志を観たのは5月13日。国立演芸場での「談志ひとり会」だ。

 

 プログラムで談志は「もう終わり」と嘆きながら「けど20年ぐらいそんなこと言ってるぞ」と自分でツッコミを入れ、「でも今回は違うネ、遺言に近い。いや、それだネ」と反論。「立川談志、イキで、シャイでいい奴なのに可哀相だよ。恐らく今夜も声が出まい、どうしよう…」と原稿を締めくくっていた。

 

 立ち姿でのオープニングトークで「自分でこれが限界だと見切りをつけるのではなく、声が出なくて喋れなくなってしまうというのはどうしようもない」と言う談志の声はやはりかなり掠れている。

 

「俺は立川談志を相手に芸をやっていた。自分の芸を客観的に見ている立川談志に『面白ェことやりゃがったな』と言わせたい。俺の芸は一期一会、談志を喜ばすんだから同じことはできない。その、立川談志が居なくなっちゃった。(真上を見て)談志よ、どこへ行ったんだ?」

 

 トークに続いてふくろこうじ(パントマイム)、松元ヒロ(スタンダップコミック)と談志お気に入りの芸人が登場、仲入りを挟んで談春が『与話情浮名横櫛』の「玄冶店」を演じ、トリが談志。高座に上がるとすぐに「呼びにやったらすぐに来なきゃダメじゃねぇか」と落語に入った。前進座で演ろうとした『ろくろっ首』である。「次の機会」が来たわけだ。

 

 かなり掠れた声ではあるが、噺は順調に進んでいく。談志ならではの「自由人」与太郎が全開だ。途中で「これが本当に最後の姿になるかもしれません。行けるところまで行きます」と言いつつ、与太郎の縁談へ。「首が伸びるんだよ」と叔父さんが言うと「行く!」と与太郎は乗り気になる。「よくあるだろ、見世物でろくろっ首って。でも見世物じゃ面白くないよ。本物だろ? 滅多にない経験だし、いいよ、行く!」

 

 随所で爆笑を呼ぶ、新演出の見事な『ろくろっ首』。15分ほどの一席だった。

 

 鳴り止まぬ拍手に応えて話し始める。

 

「最後まで残った気力の対象に“落語”はなり得る、それを感じました。私を救ってくれるのは落語しかない」

 

 そして、こう結んだ。

 

「こういう高座も、一度や二度ならドキュメントだけど、ずっと続けるわけにもいかない。長い間ありがとうございました……っていうのも何だけど、今日はどうもありがとうございました」

 

 たとえ声は出なくとも、「落語という対象」のために気力を振り絞って落語を演ってれば、「いなくなった立川談志」がきっとどこかで聞きつけて、「頑張ってるじゃネェか」と声を掛けるために戻ってくる……僕は、そう信じたかった。

21世紀落語史

広瀬和生(ひろせかずお)

1960年生まれ。東京大学工学部卒。ハードロック/ヘヴィメタル月刊音楽誌「BURRN! 」編集長。落語評論家。1970年代からの落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に生で接している。また、数々の落語会をプロデュース。著書に『この落語家を聴け! 』(集英社文庫)、『落語評論はなぜ役に立たないのか』(光文社新書)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社知恵の森文庫)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)などがある。
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