談志、最後の「ひとり会」【第55回】著:広瀬和生
広瀬和生『21世紀落語史』

bw_manami

2019/04/04

21世紀早々、落語界を大激震が襲う。
当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。
志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い影を落としたはずだった。しかし、落語界はそこから奇跡的に巻き返す。様々な人々の尽力により「落語ブーム」という言葉がたびたびメディアに躍るようになった。本連載は、平成が終わりを告げようとする今、激動の21世紀の落語界を振り返る試みである。

 

 「ガンが治った」と宣言した談志は2009年前半、順調なペースで高座に上がっていた。以下、2009年に入ってから7月までに僕が目撃した談志の高座を記す。

 

●2月23日『つるつる』(練馬文化センター大ホール「立川談志一門会」)

●3月5日『やかん』(サンシティ越谷市民ホール「立川談志・桂三枝 二人会」)

●4月18日『二人旅』『粗忽長屋』(よみうりホール「立川談志独演会」)

●5月3日『短命』『金玉医者』~『女給の文(焼肉屋の女)』(よみうりホール「立川流特選会<第二部>立川談志独演会」)

●6月3日『孝行糖』『田能久』(国立演芸場「立川談志ひとり会~夏三夜~」第一夜)

●6月29日『ずっこけ』『よかちょろ』(よみうりホール「リビング名人会」)

●7月15日『勘定板』『よかちょろ』(国立演芸場「談志ひとり会~夏三夜~」第二夜)

 

 掠れた声しか出ないので、迫力で押す大ネタはできないが、楽しい「談志噺」を聴かせてくれていた時期だ。

 

 だが8月に入るとテンションがガクンと落ちる。

 

 8月12日に行なわれた「談志ひとり会~夏三夜~」第三夜。冒頭、普段着姿の談志がソロリソロリと這いながら登場、メクリにもたれかかるようにして20分ほどのトーク。桂三木男(現・五代目三木助)の『千早ふる』を挟み、高座に上がった談志が演じたのは『源平盛衰記』。若き日の代表作だが、明らかに体調が悪そうだ。

 

 演り終えた談志は「年月は芸人をこんなにも変えるという見本としては、いいんじゃないですかね」と言って、ジョークを1つやってから「もういいでしょ? (袖に向かって)え? 休憩して、もう一席俺に演らせようっての? ハァ……」と溜息。そのまま幕を下ろさせず、談志は『堀の内』へ入った。口調はゆっくりで調子が良いとは言えないけれども、イリュージョン落語としての可笑しさは健在だ。

 

 「おとっつぁん、羽目板洗ってるよ」「知ってるよ! ハメはずしただけなんだよ」とサゲて「おしまい」と一言。まだ8時前だが幕が下りてくる……と、すぐその幕は上がって、「少し話そうか」と胡坐をかいた談志は客席から11歳の男の子を高座に上げ、「2人で話をしよう」と自分の横に座布団を出させて座らせる。

 

 男の子に語り聞かせる形で落語論、文明論等からジョークへ。8時10分に幕が下りた……と思ったらまた幕が上がり、まだ高座に座っていた男の子をスタッフが楽屋へ誘導すると、弟子たちが談志を抱き起こす。この時点でまだ三分の一くらい残っていた客をしばし感無量の面持ちで見渡していた談志は「これで最後!」と言うと、右手をサッと振り下ろすようにしながら一礼し、袖に引っ込んでいった。

 

 終演8時15分。「これで最後」というのは「今日の会はこれでおしまい」という意味だったのかもしれないが、僕には「もう『ひとり会』はやらない」と言ったように聞こえた。

 

 そして事実、これが最後の「ひとり会」となった。後に知ったことだが、この「ひとり会」の直後、談志は引退を口にしたのだという。

 

 5日後の8月21日、虎ノ門・JTアートホール「J亭 談笑落語会」にゲスト出演して『疝気の虫』を演じた談志は、「今から師弟愛の強さを見せてやるからな」と言って、談笑に背負われて退場した。このときの、客席に向かってニコッと笑った談志の笑顔が忘れられない。

 

 8月26日、談志が糖尿病療養のため年内いっぱい休養すると発表された。だがその休養は「年内」ではなく、8ヵ月近く続くことになる。

 

 高座に復帰したのは2010年4月13日、紀伊國屋ホールでの「立川流落語会」。この会は前年11月に梧桐書院より刊行された「談志 最後の落語論」購入者のみ応募可能な抽選の当選者のみチケット購入可、というハードルの高いイベントで、新刊「談志 最後の根多帳」の発売記念も兼ねていた。抽選の段階では談志出演はあくまで「予定」だったが、4月9日に談志の出演が正式にアナウンスされている。

 

 僕は抽選に外れたが、知人に定価で譲ってもらい、参加することができた。談修『宮戸川』、志らく『茶の湯』、談春『庖丁』で仲入りとなり、後半、まずは談春・志らくとのトークで背広姿の談志が登場。声は前よりさらに掠れてはいたが、元気そうだ。

 

 一度引っ込んでから改めて高座に現われた談志は、ジョークに続いてイリュージョン版『やかん』とも言うべき会話(『二人旅』のサゲも含む)から「談志はどんな噺が面白いんです?」「『首提灯』なんか面白いよ」「どんな噺です?」というやり取りを経て、『首提灯』へ。

 

 そこで演じてみせた『首提灯』は、完全復活とは言えないまでも、病み上がりとしては充分だったし、何より、『首提灯』に入るための「序」として『やかん』の2人の会話を用いた発想に「さすがは談志!」と感銘を受けた。

 

 だが、この「談志が帰ってきた夜」の11ヵ月後、僕は「談志最後の高座」に立ち会うことになる。

21世紀落語史

広瀬和生(ひろせかずお)

1960年生まれ。東京大学工学部卒。ハードロック/ヘヴィメタル月刊音楽誌「BURRN! 」編集長。落語評論家。1970年代からの落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に生で接している。また、数々の落語会をプロデュース。著書に『この落語家を聴け! 』(集英社文庫)、『落語評論はなぜ役に立たないのか』(光文社新書)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社知恵の森文庫)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)などがある。
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