「二ツ目ブーム」ではなく「落語ファン層の裾野の広がり」【第67回】著:広瀬和生
広瀬和生『21世紀落語史』

bw_manami

2019/06/27

21世紀早々、落語界を大激震が襲う。
当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。
志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い影を落としたはずだった。しかし、落語界はそこから奇跡的に巻き返す。様々な人々の尽力により「落語ブーム」という言葉がたびたびメディアに躍るようになった。本連載は、平成が終わりを告げようとする今、激動の21世紀の落語界を振り返る試みである。

 

2016年から2017年にかけて、マスコミが「今、落語が来てる!」みたいな取り上げ方をすることが増えた。

 

僕にすれば、2005年の「落語ブーム」以降の落語界の活況が連続しているだけであって、落語会が都内でたくさん開かれていようが渋谷の落語会に若い女性客が足を運ぼうが、特に驚くことではなかった。

 

ただ、わかりやすい「きっかけ」はあった。それは雲田はるこ氏の人気漫画『昭和元禄落語心中』がテレビアニメ化され、2016年1月に放映開始されたこと。2005年のドラマ『タイガー&ドラゴン』のような大きな話題になったわけではないが、落語にあまり縁のない生き方をしてきた人たちにとっては、「落語を題材にした漫画が人気」ということ自体が驚きだったのかもしれない。

 

そして、その『昭和元禄落語心中』テレビアニメ化をきっかけに落語に縁のないマスコミ人が「落語」で検索してみると、彼らにとっては驚くべきことに、「若者の街」渋谷に「落語のライヴスペース」があり、そこに「若い女性が足を運んでいる」という現象がヒットする。2014年11月から渋谷区円山町のユーロライブという178席のライブスペースで開催されている「渋谷らくご」(通称「シブラク」)だ。「なんだこれは!?」ということで、「今、落語が来てる」ということになる……。

 

この2016年以降の「プチ落語ブーム」については改めて後に詳述するが、1つ重要なファクターとして「シブラク」の出演者には二ツ目が多かった、という事実がある。

 

もちろん、「二ツ目ならギャラの単価が安くて済む」というのがその最大の理由だろう。だが、二ツ目ながら観客を充分に楽しませてくれる演者が結構いたのも確かで、彼らは「シブラク」を足掛かりにファンを獲得していった。(SNSによる情報拡散効果も大きい)

 

かつては「二ツ目が落語だけで食っていくのは難しい」と言われたものだったが、いつしか「二ツ目だけの落語会に客が来る」のが当たり前になっていく。従来の落語ファン層とは異なる「シブラク」由来の新規参入組にとっては、「二ツ目の会に行く」ことが当たり前、いやむしろ演者が若い分、「身近な存在に感じられる」からこそ得られる独特の楽しさがあるのかもしれない。それは、ブレイク前のバンドを追い掛けて小さなライヴハウスに通い詰める音楽ファンの感覚に通じるものがある。

 

そして、こういう現象について「二ツ目ブーム」と呼ぶ人たちが現われた。彼らは決して落語に疎くない。落語界のことをある程度知っていて、「二ツ目の会に客が集まる」ことが不思議に思えるからこそ「ブーム」と解釈したのだろう。

 

だが、本当に二ツ目の「ブーム」だったのだろうか。

 

もちろん、個々に人気のある二ツ目は出てきた。だが、2011年頃の春風亭一之輔のような、単独で売れっ子の真打と互角に渡り合えるような演者は出てきたのか?

 

1人、出現した。だがそれは落語家ではなく、講談師だった。神田松之丞である。彼は2014年12月に「シブラク」に初出演、以来人気はグングンと上昇していき、2016年に座席数381の銀座・博品館劇場で行なった独演会のチケットは即完売。2017年には紀伊國屋ホール(418席)、なかのZERO小ホール(507席)、イイノホール(500席)といった会場に進出していき、「チケットの取れない講談師」として脚光を浴びることになる。

 

松之丞は落語芸術協会の二ツ目ユニット「成金」に、唯一の講談師として参加していた。そのため「シブラク」に彼が出演することに人々は違和感を抱かなかった。

 

そして、そこで観客は「講談」という芸能に出会った。

 

2005年の「落語ブーム」は「落語というエンターテインメントの発見」だったが、2015年以降、新旧の落語ファンが松之丞を通じて「講談というエンターテインメントを発見」することになる。

 

だが、2005年に人々が「発見」した落語の世界には、立川談志を筆頭に多士済々の演者たちが存在していたのに対し、その10年後に人々が発見したのは「松之丞という講談師」だった。つまり、すべての「講談への新規参入ファン」はイコール「松之丞のファン」だった、と断言してもいい。

 

もちろん松之丞をきっかけに他の講釈師に興味を持って足を運ぶようになった人たちもいるだろうし、「落語以外にも伝統芸能はある」という事実に目覚めて浪曲を聴きに行く落語ファンも出てきた。だが、そのきっかけが「チケットの取れない講談師」松之丞の存在であることは間違いない。

 

僕個人としては大好きな「売れている二ツ目落語家」は何人もいるし、彼らは将来の落語界を背負って立つ存在になると信じている。だからこそ、あえて言おう。この状況は「二ツ目ブーム」ではなく「落語ファン層の裾野の広がり」である。そして、もしブームという言葉を用いるのであれば、それは間違いなく「松之丞ブーム」である。

 

今「売れている」二ツ目の落語家たちが真打になるとき、2012年の一之輔の抜擢昇進のような注目のされ方をするとは思えない。それは彼らの問題ではなく、「一之輔という現象」が特別すぎたからだ。

 

二ツ目でそれなりに売れていても、真打になると「真打の一番下」からのスタートになる。競争する相手は二ツ目ではなく、それこそ小三治であり、昇太であり、喬太郎なのだ。

 

そんな中、一之輔ほどの「現象」にはならなかったけれども、「真打昇進と同時に先頭集団の仲間入り」というロケットスタートを切った例が、2005~2006年の落語ブーム当時に存在した。

 

2005年9月に真打昇進した五街道喜助改め桃月庵白酒、そして2006年3月に真打昇進した柳家三三である。

 

20世紀末の2000年3月に林家たい平・柳家喬太郎の2人が抜擢昇進して即座に人気真打として活躍して以降、21世紀に入ってから白酒と三三ほどのロケットスタートを切った新真打は(もちろん一之輔を除いてだが)他にいない。

 

そこで、2016年以降の「プチ落語ブーム」について詳しく見ていく前に、改めて白酒と三三の真打昇進前後を振り返ってみたい。

21世紀落語史

広瀬和生(ひろせかずお)

1960年生まれ。東京大学工学部卒。ハードロック/ヘヴィメタル月刊音楽誌「BURRN! 」編集長。落語評論家。1970年代からの落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に生で接している。また、数々の落語会をプロデュース。著書に『この落語家を聴け! 』(集英社文庫)、『落語評論はなぜ役に立たないのか』(光文社新書)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社知恵の森文庫)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)などがある。
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