2016年以降の「プチ落語ブーム」はなぜ生まれた?【第72回】著:広瀬和生
広瀬和生『21世紀落語史』

21世紀早々、落語界を大激震が襲う。
当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。
志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い影を落としたはずだった。しかし、落語界はそこから奇跡的に巻き返す。様々な人々の尽力により「落語ブーム」という言葉がたびたびメディアに躍るようになった。本連載は、平成が終わりを告げようとする今、激動の21世紀の落語界を振り返る試みである。

 

2016年~2017年頃になって、突然マスコミが「落語」をテーマに取り上げることが増えた。2005年の「落語ブーム」以降の落語界を連続的に見てきた僕は当初「何を今さら?」と驚いたが、考えてみるとあの『タイガー&ドラゴン』から10年以上経つわけで、落語という「それなりの活況は呈しているが決してメジャーではない」エンターテインメントにまったく縁がない人たちが10年分増えたとしても当然だろう。

 

2005年に勃発した「落語ブーム」の余韻は、わりと早く冷めていった。2011年頃になると「落語ブーム」という言葉はすっかり色褪せ、マスコミが「落語」を取り上げることはほとんどなくなっていた。もちろん立川志の輔や立川談春といった人気落語家はどんどんリピーターを増やしていたし、桃月庵白酒、柳家三三、三遊亭兼好といった逸材が落語界を大いに盛り上げ、2012年に真打昇進した春風亭一之輔は新たなファン層の拡大に大きく寄与した。だが、それはあくまでも「実力のある落語家がそれに相応しい観客を呼んでいる」ということ。落語に興味のない層を、別の角度から巻き込んでいく外的要因(例えば『タイガー&ドラゴン』のような)は、しばらく出てこなかった。

 

であるがゆえに、2010年代前半の落語界には「二極分化」のようなものが起こっていた。つまり、「客を大勢呼ぶ落語会」は確かにあるけれど、「客の入らない落語会」も目立ってきた、ということだ。

 

これは、落語ファンの総数が増えていない、ということでもある。新たに落語ファンになる絶対数が、2010年代前半にはそれほど多くなかった。一方で、落語熱が冷めていく人たちもいた。僕個人の実感では、談志が亡くなった2011年を境に、「熱心な落語ファン」の世代交代が始まったように思える。(ここで言う「世代」とは必ずしも実年齢のことではなく、いわば「落語ファン歴」を指す)

 

志ん朝の死」で「落語は終わった」と言う志ん朝ファンはいたとしても、「だから熱心な寄席通いをやめた」という落語通の絶対数は少なかっただろう。そもそも、寄席に通う落語ファン自体が少なかった時代である。「志ん朝の死」が打撃を与えたのは観客動員ではなく、落語界のあり方そのものだった。「希望が消えた」と衝撃を受けたのは落語界にいる人間だった。

 

では、「談志の死」はどうか。それが直接的な理由で落語熱が冷めていったファンの絶対数も、そんなに多くはないだろう。だが、「談志の死」は落語界全体を包む空気を変えた気がする。「談志がいた落語界」と「談志がいない落語界」とでは、やはり何かが違う。傲岸不遜とも言える態度で刺激的な発言を繰り返してきた絶対的なカリスマが落語界から去ったことで、一つの時代が終わった。その気分は徐々に、だが確実に、落語界と落語ファンの双方に浸透していった。

 

それが、落語ファン層の部分的な世代交代を促したのだと、僕は見ている。

 

2016年以降の「プチ落語ブーム」で新たに落語ファンになったのは、間違いなく「談志を知らない世代」である。

 

もっとも(これは余談めくが)、談志が亡くなって以降テレビなどで談志の特集を組むことが増え、「立川談志という天才落語家」の存在は生前よりも広く認知されたと言っていい。立川談志その人をリアルに知っている世代の「アンチ談志」にとっては反感の対象でしかなかった刺激的な発言の数々も、それを後追いで知る層にはむしろ「武勇伝」だ。何より、当人がいなくなったことで「立川談志の落語」そのものに焦点が当たったのは大きい。談志は亡くなって初めて、過大にでも過小にでもなく真っ当に評価されることになった。

 

だから2016年以降の新規ファン層も談志の存在は知っているだろうが、それはさておき、リアルに生きた談志は演者であると共に「評論家」でもあり、晩年まで「いい芸」「上手い落語」とは何かを追究した人でもあった。もっと言うと「あんな芸は、俺は認めねぇ」と口にしてしまう人だった。

 

たとえば小三治は、訊かれれば「私は落語はこうあるべきだと思う」と意見を言うだろうし、これはと思う相手には直接言うかもしれないが、広く世間に向けて言ったりすることはあり得ない。

 

だから……というと語弊があるが、談志がいない落語界の空気はとても穏やかだ。現代のギャグを古典に入れることも、奇想天外な新作落語や改作も、2000年代のうちに当然のこととして受け入れられ、「面白ければそれでいい」という空気が定着した。「あんな落語、俺は認めねぇ」と言う談志も、もういない。「重石が取れた」のである。

 

そして重要なのは、現代社会においては、「面白ければそれでいい」の前に「自分にとって」という言葉が付く、ということだ。

 

「伝統芸能だからって敷居は高くない、面白い落語がいい落語なんだ」というのは僕自身よく言うことだが、それが行き過ぎるのを憂えていた晩年の談志は「面白ければいいってもんじゃない」という意味を込めて「落語は江戸の風が吹く中で演じられるもの」と規定した。だが、それももはや書物の中でのこと。談志が志ん朝のビデオを観て「これがいい芸なんだ、上手い落語なんだ」と涙したという、その価値観を共有するかどうかは、現代の観客にとってはあまり意味がない。(もちろん、志ん朝の「上手さ」を否定する人間がいるとは思えないが)

 

落語界全体を、伝統の中での「上手さ」を強要することのない寛容な空気が覆う中、「自分にとって面白い」ものを求めて新たなファン層が落語の世界に入ってくるようになった。彼らにとっては、その演者が二ツ目か真打か、落語通の基準から見て上手いかどうかは問題ではない。ただ「自分が面白い」と思えればそれでいい。

 

二ツ目の会にファンが集まる「二ツ目ブーム」的な状況は、そうやって生まれた。

 

では、「自分にとって面白い落語」を知りたい人たちは、どうして落語に興味を持ち、どこが入口になったのか。

 

キーワードは3つある。『昭和元禄落語心中』「渋谷らくご」「成金」である。

 

(この項続く)

21世紀落語史

広瀬和生(ひろせかずお)

1960年生まれ。東京大学工学部卒。ハードロック/ヘヴィメタル月刊音楽誌「BURRN! 」編集長。落語評論家。1970年代からの落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に生で接している。また、数々の落語会をプロデュース。著書に『この落語家を聴け! 』(集英社文庫)、『落語評論はなぜ役に立たないのか』(光文社新書)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社知恵の森文庫)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)などがある。
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