タイガー&ドラゴン【第25回】著:広瀬和生
広瀬和生『21世紀落語史』

21世紀早々、落語界を大激震が襲う。
当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。
志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い影を落としたはずだった。しかし、落語界はそこから奇跡的に巻き返す。様々な人々の尽力により「落語ブーム」という言葉がたびたびメディアに躍るようになった。本連載は、平成が終わりを告げようとする今、激動の21世紀の落語界を振り返る試みである。

 

「六人の会」が旗揚げした2003年、SWAが始動した2004年に続き、2005年には『タイガー&ドラゴン』と九代目正蔵襲名イベントという2つの大きな話題があり、マスコミが「落語ブーム」という言葉を盛んに用いるようになった。

 

2004年末の段階で真っ先に「来年はいよいよ落語ブーム到来」と書いたのは高田文夫氏だ。同年12月27日付読売新聞紙上の連載コラム「うの目たかだの目」において高田氏は翌年の正月特番として宮藤官九郎脚本のテレビドラマ『タイガー&ドラゴン』が放映されることを大きく取り上げ、「一気に落語の大ブームが来そうな予感」と書いたのである。

 

ちなみに同コラムの冒頭では2003年に『寿限無』がブームになったことにも触れている。これは、NHK教育テレビ(現Eテレ)の「にほんごであそぼ」という番組で落語『寿限無』の長い名前の言い立てを競うコーナーがあり、それによって子供の間で『寿限無』の言い立てが大流行した、という現象。子供の世界で「言葉遊び」として流行っただけではあるけれども、同番組に出演していた柳家花緑が需要に応えて「早口・普通・ゆっくり」と3段階のヴァージョン違いの言い立てを収録した「じゅげむ」というCDを出したことなども考えると、意外に「落語メジャー化」の追い風になったと言えるのかもしれない。(僕自身は『寿限無』が流行ったという実感はまるでなかったが)

 

2004年末に逸早く「2005年の落語ブーム到来」を予見した高田氏はさすがだが、実は『タイガー&ドラゴン』はある意味、御自身の「仕掛け」によるものでもあった。

 

白夜書房の演芸専門誌「笑芸人」は「高田文夫責任編集」を謳って1999年11月に創刊され、2002年7月発売のVol.5までは不定期刊だったが、2003年3月発売のVol.6から季刊となった。そのVol.6には高田氏と宮藤官九郎氏の対談が掲載され、そこで高田氏は宮藤氏に「新作落語書いてくれよ。俺がセッティングするから会をやろう」と提案した。宮藤氏によれば『タイガー&ドラゴン』は、そのリクエストに別の形で応えたものだというのである。

 

そして『タイガー&ドラゴン』は、まさに「落語ブーム到来」への決定打となった。落語界の内側からの様々な動きとはまったく別のところから、人気脚本家によるジャニーズ主演ドラマというメジャーな形でもたらされた影響力の大きさはケタ違いだった。

 

落語に魅せられて入門するヤクザを長瀬智也、その師匠を西田敏行、廃業した元噺家(後に復帰)を岡田准一が演じる『タイガー&ドラゴン』(TBS系)は、まず2005年1月9日午後9時からの2時間スペシャルとして放映され、同年4月15日から午後10時スタートの連続ドラマ(1時間)として6月24日まで続いた。(全11回) 組長役として笑福亭鶴瓶、兄弟子役として春風亭昇太も出演、高田氏も噺家役でキャスティングされている。

 

視聴率は正月特番が15.5%、4月から6月の全11回の平均が12.8%。毎回『三枚起請』『芝浜』『品川心中』『子別れ』などといった古典落語の演目をベースにしたストーリーが展開された。僕も全話観たが、落語云々以前にドラマとして実に面白い。とりわけ長瀬・岡田の2人の起用は重要なファクターで、彼らの個性がこの作品の価値を大いに高めている。

 

そして、その長瀬や岡田が「高座で落語を演じる姿」を見せたことによって「落語は古臭くて小難しいもの」というイメージが払拭されたのは、落語界にとって実に大きな意味を持っていた。実際、これを観て落語初心者の若い女性たちが寄席に大勢詰めかけるという現象も起こり、関係者を驚かせている。(もっとも、「初めての寄席体験」とドラマとの落差に愕然とするケースも多発したが……)

 

落語家を描くドラマは、この後も幾つか登場する。まずは六代目笑福亭松鶴をモデルにした中島らもの小説が原作の映画『寝ずの番』(2006年4月公開)。津川雅彦の「マキノ雅彦」名義での監督第一作で、中井貴一や木村佳乃が出演した。

 

2007年5月公開の映画『しゃべれどもしゃべれども』はTOKIOの国分太一が二ツ目落語家役で主演。佐藤多佳子のハートウォーミングな小説が原作で、少女漫画家の勝田文の作画で漫画にもなった。(白泉社『MELODY』の2007年2月号・3月号に掲載) 僕はコミックスだけ読んだが、心に沁みる素敵な作品だ。『昭和元禄落語心中』が好きで未読の方にはお勧めしたい。映画では落語指導を柳家三三と古今亭菊志んが担当。

 

NHK連続テレビ小説で2007年10月1日から2008年3月29日まで放送された『ちりとてちん』は上方落語の世界を描いたもの。オーディションで選ばれた貫地谷しほりが上方の女性落語家を演じた。この時期こういうドラマが大阪で制作されたのは、前年に上方落語の定席「天満天神繁盛亭」がオープンしたのも関係しているだろう。

 

実のところ、『ちりとてちん』がどれだけ上方落語の隆盛に貢献したのか(『タイガー&ドラゴン』のような影響力はあったのか)、東京に住む僕には正直わからない。今の大学の落研に優秀な女性がとても多いのは、昔『ちりとてちん』を観た女の子たちが成長して大学で落語をやっている、ということだったりするのかしないのか。平均視聴率15.9%は朝ドラとしては低いが、それでも『タイガー&ドラゴン』よりは高いのだし……今度、関西の人たちに『ちりとてちん』効果の実態を訊いてみたい。

21世紀落語史

広瀬和生(ひろせかずお)

1960年生まれ。東京大学工学部卒。ハードロック/ヘヴィメタル月刊音楽誌「BURRN! 」編集長。落語評論家。1970年代からの落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に生で接している。また、数々の落語会をプロデュース。著書に『この落語家を聴け! 』(集英社文庫)、『落語評論はなぜ役に立たないのか』(光文社新書)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社知恵の森文庫)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)などがある。
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