「ワンダーな」新型ソウルを、ひとりスタジオに入った鬼才が生んだ―スティーヴィー・ワンダーの1枚【第87回】
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

bw_manami

2019/02/22

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

15位
『インナーヴィジョンズ』スティーヴィー・ワンダー(1973年/Tamla/米)

 

Genre: Soul, Funk, Rock, Jazz
Innervisions – Stevie Wonder (1973) Tamla, US
(RS 24 / NME 42) 477 + 459 = 936

 

 

Tracks:
M1: Too High, M2: Visions, M3: Living for the City, M4: Golden Lady, M5: Higher Ground, M6: Jesus Children of America, M7: All in Love Is Fair, M8: Don’t You Worry ‘bout a Thing, M9: He’s Misstra Know-It-All

 

彼にとって16枚目のスタジオ・アルバムである本作は、批評家、あるいは音楽マニアのあいだでとりわけ評価が高いスティーヴィー・ワンダーの名作だ。

 

このときのワンダーは、前作からのカットである、邦題を「迷信」「サンシャイン」とする2曲のシングルが全米1位のヒットとなったばかりだった。そんな状況下の彼が、大半を「たったひとりで」作り上げたアルバムが本作だ。

 

具体的に言うと、M3、M5、M6は全楽器もヴォーカルもワンダーがひとりでやっている。M1、M7、M8、M9も、基本的には「彼ひとり」で、ベースやボンゴ、コーラスなど、一部だけを「手伝ってもらって」仕上げた。つまり、全9曲のうち7曲は「ワンダーづくし」なのだ。まるでザ・ビーチ・ボーイズ『ペット・サウンズ』(66年)をブライアン・ウィルソンがひとりで録ってしまったかのように。

 

これはソウル音楽では、きわめてめずらしいことだった。しかし彼には(彼だけには)前例があった。前々作の『ミュージック・オブ・マイ・マインド』(72年)がそれだ。このときに最大の助けとなったのは、イギリス人の音楽家/プロデューサーのマルコム・セシル率いるトントズ・エクスパンディング・ヘッド・バンドによる「シンセサイザー調整」だった。モーグやアープといったアナログ・モジュラー・シンセを操ることにかけて天下一品の彼らの助力によって、スタジオ内のワンダーは八面六臂の活躍が可能となった。このときの体験を、「スターとなったあと」の彼が再現しようとして、そして、かつてなかったほどの規模で成功させたのが本作だ。

 

タイトルどおり、ここに並ぶナンバーは、彼の「内的ヴィジョン」をあらわしている。だから歌詞における政治的、社会的ステイトメントも明確になった。ドラッグ問題を歌ったM1、黒人へのアメリカ社会の構造的差別を射抜くM3などの名曲を生んだ。こうしたナンバーと同時に、グルーヴィーにして美しいバラッドのM4が並ぶところに、新時代のソウルのあるべき姿を見る者がいた。それが支持につながった。

 

派手なシングル・ヒット(「迷信」のような)がないことを批判する声も、当初はあったという。しかしアルバムは着実にセールスを重ね、その後の彼の芸術的基盤となる地平を確立する。これが次々作『ソングス・イン・ザ・キー・オブ・ライフ』(59位、76年)の大爆発へとつながっていく。

 

次回は14位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

この100枚がなぜ「究極」なのか? こちらをどうぞ

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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