マージー・ビートとヒップホップは相似形なんだ―7分でわかるロックの定義とその概念(後編)【番外編・コラム】
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

 純血種ではない、ある種の「雑種性」こそがロック音楽の本質だ。このことを僕は前編で述べた。

 

 では、ロックが「そのような性質」を帯びた理由はなんなのか? 簡単だ。「それまでの」アメリカ社会において、すでに準備が終わっていたからだ。白人音楽家が黒人音楽から「影響を受ける」ことも、その逆の事例も、20世紀以前から繰り返し起こっていた。「山に住む」スコッチ・アイリッシュたちの音楽と、西アフリカから奴隷として連行されてきた人たちの音楽が、いたるところで交差して、連携していた。ここにヨーロッパや、カリブ海諸国からの影響も混じっていった。ひとつ、ここから生まれた音楽がジャズだ。そしてふたつ目、歌曲として、より広く大衆の耳目をとらえ得る音楽形態として(一度)煮詰まったものが、ロックンロールだった。そして、その鍋には「注ぎ足し」が幾度も可能だった。

 

 と、そんなふうに「つねに異素材が混淆していく鍋」のごとき概念であるロックンロールの特質が「変化」であり、それこそが新しい「味(=成功律)」を生み出すことになる、という構造があるわけだから、「過去のリヴァイヴァル」だって大きな武器となり得るのは、おわかりいただけるかと思う。「いまそこにない」ものならば、やはりそれは「異素材」であり、変化の種だと考えられるからだ。

 

 結果的にこの方式にのっとっていた、と分析できる例のひとつがザ・ビートルズだ。彼らが若き日は、大衆文化の伝播において、アメリカとイギリスのあいだには抜き指しがたい「時間差」があった。平たく言って、イギリスの若者は「流行おくれ」だった。ゆえに、米本国ではすでに人気が落ち目だったロカビリアンたち、たとえばジーン・ヴィンセントやエディ・コクランらは、「まだお客が入った」イギリスの各地をよくツアーした。そこには、のちに「バンドを組む」若者たちが大挙して押し寄せていた。このお客たちが「マージー・ビート」と呼ばれるブームを背負った。およそ10数年後のブリティッシュ・パンク・ロックの勃興も、とてもよく似たメカニズムから生じた。

 

 イギリスで隆盛となったロックのサブジャンルには、たいていこの「時間差」が影響している。ブルース・ロックもそうだった。そしてここから、レッド・ツェッペリンらにつながるハード・ロックが生まれた。ビートルズの「インド化」がアメリカ西海岸のサイケデリック・ロックに影響し、そしてイギリスへと還元されてきたものがピンク・フロイドらに憑依して、プログレッシヴ・ロックへと発展した。ジャズ・ロックも派生した。

 

 アメリカで同種の例を探すなら、ボブ・ディランが登場してきた背景にあった「フォーク・リヴァイヴァル」がまず近い。初期のロックンロールが流行し終わったあと、「戦前の」フォーク・ソングを復刻する、新たに自分たちで歌い直す、というのがこのムーヴメントの要諦だった。そして、ディランも大きく関わったフォーク・ロックとは、ある種イギリスにおけるブルース・ロック確立の過程ととてもよく似ていた。フォークとロックという、近縁にあるもののアマルガムという発想だからだ。

 

 さらに大雑把に言ってしまうと、ヒップホップ音楽とは「黒人の新型ロックンロール」だ。それまでのソウルやファンク音楽の歴史とは、一端「切れて」いるのが最大の特徴だ。だって、他人のレコードを勝手に「サンプリング」するところから始めるのが基本なのだから。先達への敬意は、ないと言えばまったくない(逆に「あると言えばすごくある」のだが)。ゆえにそれまでの「まともな」黒人音楽の歴史とは異なる、大胆にして無茶苦茶な「解釈」にて、新しい音楽を作り上げることができた。つまりそれまでにあった、さまざまな音楽の要素を「簡単に」統合し、さらに「違うもの」として爆発させる方法を得た。ここが「ロックの構造」と、まるで双子のようによく似ている。だから一時期のエミネムは、おそろしいほどまでにプレスリーにそっくりだったのだ。

 

 そしてヒップホップの「大胆さ」の出どころを観察してみると、驚くほどに「マージー・ビート」の成立過程とも構造が似ていることに気づくはずだ。イギリス人が「アメリカのロックやR&B」に時間差のなかで影響されて、彼らの「鍋」に投げ込んだあげくに成立させたスタイルであり「思想」だったマージー・ビートと、ヒップホップ音楽の根っ子にある自由闊達さは、とてもよく似ている。ほとんど相似形と言ってもいいほどに。

 

 録音作品という「過去の時間を閉じ込めたもの」に影響され、選択して「解釈」したそれを、「組み替え直して」新たなるひとつの作品とする――この発想が基盤にある大衆音楽を、一番簡単に呼ぶときの名前が「ロック」なのだと言い換えてもいい。

 

 そしてこの性質は、つまり「そこに壁があったなら」すべて超えてやる!とでも言いたげな、向こう見ずなまでの能動性が起点となっている。ロックンロールが、あらゆる意味で「20世紀らしい」躍動に満ち満ちているのは、そういう理由からだ。

 

次回から本編に戻り、ついにトップ10。まずは10位の発表です。乞うご期待!

 

この100枚がなぜ「究極」なのか? こちらをどうぞ

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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