夢の砦が破れたあとも、新しいソウルは「希望と勇気」のありかを指し示す―マーヴィン・ゲイの1枚(後編)
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

bw_manami

2019/04/26

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

6位
『ホワッツ・ゴーイング・オン』マーヴィン・ゲイ(1971年/Tamla/米)

 

Genre: Soul, R&B
What’s Going On – Marvin Gaye (1971) Tamla, US
(RS 6 / NME 25) 495 + 476 = 971
※7位、6位の2枚が同スコア

 

 

Tracks:
M1: What’s Going On, M2: What’s Happening Brother, M3: Flyin’ High (In the Friendly Sky), M4: Save the Children, M5: God Is Love, M6: Mercy Mercy Me (The Ecology), M7: Right On, M8: Wholy Holy, M9: Inner City Blues (Make Me Wanna Holler)

 

(前編はこちら)

 

 また、この曲にある「帰還兵の視点」は、アルバムの全編においてもつらぬき通されている。つまり本作は、一人称的視点でアメリカの現状を切り取った歌が並ぶコンセプト・アルバムだということだ。収録曲のすべては「流麗なる」バックトラックによって、まるで組曲のようにシームレスに接合されている。最終曲のM9では、最後の最後に、M1のイントロが立ちのぼってくる。鼓動のごときコンガのビートに導かれるようにして……本作の特徴は「切れ目がなく、終わらない」ことだ。円環構造をともなった連作歌曲集という、特徴的な構造を持ったアルバムだった。

 

 本作の登場まで、こんな内容と構造のソウル音楽のアルバムは、なかった。アーティストのセルフ・プロデュース作はあっても、社会的、政治的トピックをここまで全面的に取り上げた例は、なかった。本作は反戦だけではない。ドラッグ問題(M3)、なんと早くも環境問題(M6)、都市における貧困(M9)――と、さながらダンテ『神曲』地獄篇のごとく、ゲイの視線は時代の軋轢の奥へ奥へと進んでいく。

 

 さらに言うと、すでに世はカウンターカルチャーの時代ではなかった。60年代の終焉とともに、幻想は終わり、幻滅が社会を覆っていた。「意識的な」層の多くが、喪に服すように下を向いていたころ、ゲイはこのアルバムを発表した。だから本作は「苦み」に満ちている。リアリズムの重力が、あらかじめ内包されている。彼は現実を直視しつつも、決してそれに押しつぶされはしない、正気の足場となるものを「音楽によって」作り上げようとした。これが人々に「新しい」希望と勇気を与えた。

 

 本作は大ヒットを記録、批評家からも絶賛を集めたほか、まずは同時代のソウル音楽家たちにとてつもない影響を与えた。スティーヴィー・ワンダー、カーティス・メイフィールド、ダニー・ハサウェイら、セルフ・プロデュースによってコンセプチュアルなアルバムを制作するアーティスト(日本でのみ言うところの「ニュー・ソウル」一派)が続出したのは、ほぼすべて、本作の成功があったがゆえだ。のちの世のプリンスから、カニエ・ウェストやケンドリック・ラマーのようなヒップホップ・アーティストに至るまで、「壮大な絵を描く」黒人のポップ音楽家は、その全員が本作を愛聴しているはずだ。もちろんロック音楽家でも、この点はほぼ同様だ。

 

次回は番外編:クイーンが評論家から冷遇される理由を、映画『ボ ヘミアン・ラプソディ』の歴史的メガヒットのなかに見る!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

この100枚がなぜ「究極」なのか? こちらをどうぞ

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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