「無辺のなかの究極、100の珠玉」【第1回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

そして言うまでもなく、この2国から生み出されたロック音楽に大きな影響を受けてきた、いや「育てられてきた」のが日本のロック・ファンだ。さらに言うと、戦後の日本製商業音楽の「ほとんどすべて」は、英語圏のポピュラー・ソング、なかでも米英のロック音楽なしには存在し得なかったものだ。

 

たとえば50年代以降の日本の歌謡曲やフォークやニューミュージック、Jポップにラップ、いや演歌までもが「米英のロック音楽がなければ成り立たないもの」がその大多数を占める。8ビートを基本とするところ、ヴァース・コーラス・ヴァースの構成など、ごくごく当たり前の歌の基礎的な構造部分といったレベルで、日本語の流行歌のほとんどすべては、米英のロックとその影響下にある音楽のエピゴーネンでしかない。「焼き直しが伝統芸となったもの」が日本語世界のポピュラー・ソングの本質だった、と言っていい。

 

だからこそ、日本の人が「米英のロック名盤」を直接的に聴いてみることは、きわめて有益なのだ。「オリジン」のなかにこそ、本物の教養の種となる「芸術的磁場」が多数存在するからだ。本物の教養は、あなたの魂の滋養となる。そして本物の教養のみが、日本のみならず、これからの人類の未来をも構想していく際の、唯一の足がかりとなるものだ。希望の源泉となるものだ。

 

じつは、日本という文化圏にいる人の特権も、そこにこそある。米英のロックのどちらをも、客観的に聴いてみることが容易に可能だからだ。しかしこれは「米英の人」にとっては、当たり前だが、原理原則的に少々難しい。

 

なぜならば、自国の歴史の全体をつうじて流れてきた血や汗や涙と、完全に地続きなのがその国の文化というものだからだ。つまり自動的に「当事者性」を担保されるがゆえに、その逆の「客観性」は遠くならざるを得ない。

 

しかし日本の人にとっては、米英の文化とはそもそもが最初から「遠い外国のこと」だ。だから客観的に研究し、比較検討し、批評的に鑑賞していくことすら、じつに簡単にできる。端的に言って、これはかなり「お得」な立場だろう。

 

だから日本の人には、こんなことすら、可能性としては達成し得る。「米英のロック」をうまく吸収して、なにかべつの新しい価値を創出して、国際的な評価を得ることも――理論的には、大いに可能だ。それこそまるで、かつて日本製の自動車や家電が世界を席巻したときのように。

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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