「無辺のなかの究極、100の珠玉」【第1回】著:川崎大助
究極の洋楽名盤ROCK100

遠くない未来、映像や音声、美術表現や文学などはすべて、電子的に記録され、人類の共有財産として、だれもが無制限に気軽にアクセス可能なものとなるだろう。その流れの最先端として、いま現在、ロックおよびポップ音楽が流通経路の激変をくぐり抜け中だ。多くの先進国では、「聴き放題」のストリーミング・サービスが急成長している。つまり「アルバム」という概念そのものが、すでに衰退し始めている。

 

そんな時代だからこそ、僕は思うのだ。いまこそ「名盤」へと立ち戻るべきだと。「最後のチャンス」とも言える、いまこの時期に。

 

かつて、アナログ盤の時代、アルバムは「LP(エルピー、Long Player の略称)」とも呼ばれていた。片面に5曲程度、両面合わせて10曲前後を収録し、曲順などの構成やジャケットのアートワークまで含めて「ひとつの作品」と見なす習慣があった。この習慣が生きていた時代にすべての発展を終えた音楽形態こそが、ロックだ。

 

つまりロックとは「アルバム時代」の落とし子の異名なのだ。小説家における長篇や連作短篇集であるべき「アルバム」を構想することによって、ロックはより複雑に、より深く、そしてより自由奔放な芸術的両翼を得て、20世紀後半の大衆文化を先導していった。少なくない国々の社会体制すら、劇的に変革していった。

 

広大無辺なインターネット空間とは、アルゼンチンの碩学、ホルヘ・ルイス・ボルヘスが夢想した「バベルの図書館」にも似ている。世界じゅうのあらゆる文献がある、とされる超巨大図書館だ。だからそこには優秀な司書が必要となる。あるいは、的確なる「セレクション」が成されたブック・ガイドも――まさしくこの連載は、洋楽ロック音楽におけるそれを指向している。同じくボルヘスならば『幻獣辞典』や『汚辱の世界史(悪党列伝)』を目指すものだ。あるいは『プルターク英雄伝』かもしれない。

 

20世紀半ばに生まれ、そして成長していったロック音楽という芸術にかかわった人々の、あまりにも人間くさく、非効率的で泥くさい行為の連続が、これからご紹介する100枚の珠玉の名盤へと結実していった。

 

地べたの汚泥にまみれつつも、ときに天上をあおぎ見る。強烈な陽光に目を射たれる。しかし一切ひるむことなく、迷わず、美と理想をこそ希求し続ける……そんな芸術家たちが、にぎやかに多数活動していた時空間へと、旅をしてみよう。これから僕は、彼ら彼女らの精神の格闘史を振り返る冒険の旅へと、あなたをお誘いしたい。よろしければ、ぜひ、ご一緒に。

 

いかなる傑作アルバムだって、聴かれないかぎり意味はない。広大無辺なるバベルのレコード店に並んだ「名盤」の数々は、あなたが手を伸ばしてくれることを、ただひたすらに待ち続けているのだから。

 

次回より、第100位の名盤からカウントダウン開始!!

 

この記事を書いた人

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。
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