異端のラップが天下を奪取、確立した「新しい主流」【第7回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

95位
『ザ・マーシャル・マザーズLP』エミネム(2000年/Aftermath・Shady・ Interscope/米)

Genre: Hardcore Hip Hop, Horrorcore
The Marshall Mathers LP – Eminem (2000) Aftermath•Shady•Interscope, US
(RS 244 / NME 135) 257 + 366 = 623

 

 

Tracks:
M1: Public Service Announcement 2000 (skit), M2: Kill You, M3: Stan, M4: Paul (skit), M5: Who Knew, M6: Steve Berman (skit), M7: The Way I Am, M8: The Real Slim Shady, M9: Remember Me?, M10: I’m Back, M11: Marshall Mathers, M12: Ken Kaniff (skit), M13: Drug Ballad, M14: Amityville  feat. Bizarre , M15: Bitch Please II, M16: Kim, M17: Under the Influence  feat. D12, M18: Criminal

 

彼以前にも成功した白人ラッパーはいた(ビースティ・ボーイズ、あるいは一発屋なれどヴァニラ・アイスなど)。しかしこれほどの規模の成功をおさめた者はいない。エミネムの第3作である本作は、とにかく売れた。発売から1週間で、全米だけで179万枚を売り上げてギネスブックに載った。そんな未曾有の成功の第一要因となったのが、突出した、怪物じみたエミネムの「ラップ・スキル(技量)」だった。

 

エミネムのラップは高速かつ、どの言葉も「立って」いる。一瞬たりとも淀まず、ビートの上を駆け抜け、下をくぐり抜け、リスナーを驚かせては、その首根っ子をつかんで離さない――線が細い白人のエミネムが、「ラップは黒人がやるもの」との先入観に勝利した最大の理由は「とにかくラップがうまい」ことだった。こうした技術に加え、強烈なサタイア満載の特異な文学体質が、彼をトップの位置につけた。

 

たとえば、本作収録の「スタン」(M3)は、ほとんど最新アメリカ文学の掌編みたいな内容だ。スター・クレイジーの青年が書くファン・レターと、それを送られた(自らとおぼしき)ラップ・スターの返信を描きつつ、悪夢的結末に向かって加速していく「運命」そのものを浮上させる、というユニークな仕掛けの曲だ。そのほか、自らの母親への憎悪(まじりの執着)を歌うM2、前妻を攻撃するM16など、ゴシップ紙のように自らのプライベートの暗部をも「さらけ出す」ように彼はラップして、それがウケた。おりしも当時は、スーパースターの時代が終わり、「セレブリティ」ブームが始まったころ。TVのリアリティ番組の隆盛期でもあった。

 

言うなれば「エミネム以前」のラップ・ソングは、オフ・オフ・ブロードウェイの小劇場のごとき、グループの構成員によって演じ分けられる会話劇調の構造が主流だった。しかしエミネムは、きわめて一人称的な「ひとり語り」の芸にて、「彼以外の広い世界」をどこまでも透視させる手法を確立した。それは日本語の世界で言う「私小説」的手法にも似ているのだが、しかし僕はここに、ルポルタージュと文学がぎりぎりの地点でせめぎあう、ヘミングウェイ以来の米文学の伝統を感じる。

 

本作の大ブレイクによって、正しくヒップホップ音楽こそが「新しい時代のロックンロール」なのだ、として全世界から認められることになる。名匠ドクター・ドレーによるプロデュース、トラック・メイキングも見事のひとことだ。

 

次回は94位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

この100枚がなぜ「究極」なのか? こちらをどうぞ

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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