「前衛としてのヒップホップ、実証実験の最高峰 」【第10回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

92位
『マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー』カニエ・ウェスト(2010年/Roc-A-Fella・Def Jam/米)

Genre: Rap, Alternative Hip Hop
My Beautiful Dark Twisted Fantasy – Kanye West (2010) Roc-A-Fella•Def Jam,
US (RS 353 / NME 21) 148 + 480 = 628
※92位、91位の2枚が同スコア

 

 

Tracks:
M1: Dark Fantasy, M2: Gorgeous, M3: Power, M4: All of the Lights (Interlude), M5: All of the Lights, M6: Monster, M7: So Appalled, M8: Devil in a New Dress, M9: Runaway, M10: Hell of a Life, M11: Blame Game, M12: Lost in the World, M13: Who Will Survive in America

 

間違いなくカニエ・ウェストこそが、時代の最前線にいた。このとき彼が「ヒップホップ音楽はここまでやれるんだ」と世界の隅々にまで見せつけた。そんなエポック・メイキングな1枚が、彼にとって5作目となるこのアルバムだ。

 

音楽的には、これまでのウェストの集大成だ。東海岸スタイルのヒップホップを基本に、ゴスペル、ポエトリー・リーディングがミックスされていく。そこにバロック風味の器楽合奏までもが加わるのがカニエ印だ。大ヒットしたM3ではプログレッシヴ・ロックの帝王、キング・クリムゾンの「21世紀のスキッツォイド・マン」のサンプルが見事に決まる。リアーナからジョン・レジェンドに至るまで、豪華な顔ぶれを並べて「合唱させた」M5は、まるでミュージカルのクライマックスみたいだ。

 

しかし本作の白眉は「ランナウェイ」(M9)だろう。冒頭、ピアノの単音弾きが続き、「そのビート」に重ねて古式ゆかしいブレイク・ビーツが入り、そしてコーラスが始まった瞬間の高揚はすさまじい。

 

言うなればウェストは、この作品でルネサンス型の全能の芸術家と化している。あらゆる音楽、芸術的エレメント、詩や歌唱を自由自在にカットアップし、混ぜ合わせては「最新のポップ音楽」のアマルガムへと転化させる――というと錬金術師めいているが、それこそが「ヒップホップのやりかた」の延長線上にあるものなのだ、ということを、ウェストは本作で実証した。それが世の快哉を呼んだ。ヒップホップの発想こそが「ポップ音楽すべての未来」を創造できる、オールマイティな方法論なんじゃないか……と、多くの者が夢想して、本作の大ヒットと高評価につながった。

 

だが実際には、このあとじりじりとヒップホップ音楽における革新性は(というよりも、革新性への需要は)低下していく。またカニエも、ポップ音楽界の巨匠というよりも「セレブリティ」業の人としてSNSやゴシップ・サイトを賑わせることのほうが多くなる。モデル/リアリティ・ショウのスター、キム・カーダシアンの夫として。コラボ・スニーカーを売りまくる人として。奇行の人として……。

 

本作は、彼がそんな人生の乱気流に飲み込まれる直前に放たれた1枚だった。そしてまた同時に、カニエ・ウェストを「まぎれもないセレブ」の位置につけさせたのも、この画期的なアルバムの大成功でもあった。

 

次回は91位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

この100枚がなぜ「究極」なのか? こちらをどうぞ

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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