混乱が生んだ「時のきざし」の混沌美【第28回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

74位
『サイン・オブ・ザ・タイムズ』プリンス(1987年/Paisley Park・Warner Bros./米)

Genre: R&B, Funk, Soul, Rock, Electro Funk
Sign “O” the Times-Prince (1987) Paisley Park・Warner Bros., US
(RS 93 / NME 198) 408 + 303 = 711

 

 

Tracks:
M1: Sign “O” the Times, M2: Play in the Sunshine, M3: Housequake, M4: The Ballad of Dorothy Parker, M5: It, M6: Starfish and Coffee, M7: Slow Love, M8: Hot Thing, M9: Forever in My Life, M10: U Got the Look, M11: If I Was Your Girlfriend, M12: Strange Relationship, M13: I Could Never Take the Place of Your Man, M14: The Cross, M15: It’s Gonna Be a Beautiful Night, M16: Adore

 

きわめて個性的なシンガー・ソングライターにしてプロデューサー、傑出したギタリストにしてマルチ楽器演奏者、ダンサー、パフォーマーとしても超一流……そして、それらのすべてにくっきりと「プリンス印」が付く(ときには、読めない記号が付く)、80年代ポップ音楽シーンの覇者のひとりである彼の、9枚目のスタジオ・アルバムが本作だ。アナログ2枚組、80分近くの大作として発表されたのだが、じつはこれでもかなり「削いで」いて、元来は3枚組として構想されていたという。

 

さらには、自らのヴォーカルを録ったテープを、通常より速い回転で再生し、女性のような高さの声にして、「カミール」という中性的なペルソナを演じてアルバムを作る、という計画も進んでいたのだが、本作以前に頓挫していた。そのアイデアも、ここにつながっている。つまり、とてつもなく大がかり、かつユニークすぎる制作裏話が本作にはあった。しかし驚くことはない。だってそれがプリンスなのだから。

 

こうなってしまった理由のひとつは、バックバンドとして長年プリンスとともに行動していたザ・レヴォリューションが解散してしまったからだ。出世作である『1999』(82年)からずっと、4枚もの大成功作をともに制作してきたバンドが「いなくなる」というのは大きい。そんななかで彼が大車輪で活躍した結果が本作だ。

 

聴きどころはまず、前述の「変声」を駆使したM10、M11。前者、変声の彼とシーナ・イーストンがからむこの曲は、最高位全米2位のヒットとなる。変声でこんなヒットを飛ばせるのは、「ベースなし」のファンクで全米1位を2回獲った(「ホエン・ダブズ・クライ」と「キッス」)彼ならではだ。また後者は、その両性具有的な視点が光る歌詞も絶賛された。タイトル曲であるM1のクールネスも見事だ。

 

本作は、『パープル・レイン』以来初めて、全米トップ10シングルを3枚生む成功をおさめる。が、留まるところを知らない(もしくは「なくなった」)彼の芸術的欲求は一向におさまらず、この年にはもう1枚のアルバムを完成させて、しかも発売直前にボツにする。これが世にも有名な『ザ・ブラック・アルバム』で、海賊版で500万枚以上が流通したとの伝説がある(94年にワーナーから正式発売された)。

 

まさしくここは「混乱の季節」だったのだろう。が、やはりプリンスともなると、混乱の規模やら深度が桁違いだという実例のひとつが、本作だ。

 

次回は73位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

この100枚がなぜ「究極」なのか? こちらをどうぞ

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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