ノイズ・ギターの「雲の絨毯」が無数の罹患者を生んだ【第40回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

62位
『ラヴレス』マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(1991年/Creation/英)

Genre: Shoegaze, Avant-Rock, Dream Pop
Loveless-My Bloody Valentine (1991) Creation, UK
(RS 221 / NME 18) 280 + 483 = 763

 

 

Tracks:
M1: Only Shallow, M2: Loomer, M3: Touched, M4: To Here Knows When, M5: When You Sleep, M6: I Only Said, M7: Come in Alone, M8: Sometimes, M9: Blown a Wish, M10: What You Want, M11: Soon

 

影響力の大きいアルバムは多いが、本作のそれは、ちょっと桁が違う。本作のエピゴーネンは、いったい世にいくつあるのか。まるで病原菌のように「それ」は広まっていった。彼らのようにギターを「鳴らす」バンドは、「シューゲイザー(=うつむいて靴を見ながら演奏する奴ら)」と呼ばれた。ノイジーで重層的なディストーション・ギターの群雲が、どこまでもどこまでも広がっていくなかを、甘く酩酊的なメロディがささやくように歌われる――このスタイルから「ドリーム・ポップ」なるロックのサブジャンルが生まれた。いや、それよりもなによりも、彼らの名前や、本作の存在そのものが、ひとつのサブジャンルを成していた、とまで言っていい。

 

生きながら(存続しながら)伝説と化していた、アイルランド出身のバンド、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(MBV)が発表した2作目のフル・アルバムが本作だ。88年発表の前作がインディー界で評判となり、勇躍スタジオに入ってそれっきり。2年半かけて制作された本作は、待ち望んでいたファンの想像を遥かに超えたスケールの一作となった。だれもが未知の「音の景色」がそこにあった。

 

バンドのマスターマインドは、ギターとヴォーカルのケヴィン・シールズだ。ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンと比較する声もある「スタジオの鬼才」だ。ただでさえ分厚いギター・サウンドを幾重にも重ね、エフェクトして圧迫感を増すその手法は、フィル・スペクターの「音の壁」にも通じるものがあった。そしてなによりも、一筆ずつ丹念に塗り込んで抽象画を仕上げていくような「その姿勢」が、もはや退屈の象徴ともなっていたロックのコンボ・スタイルに、想像外の「可能性の光」を当てることにもなった。ニルヴァーナの『ネヴァーマインド』(91年)が一気に馬鹿売れしたのは、傍らにこのアルバムがあったからだ、という声すらある。

 

本作のあと、シールズらはまた果てることのないスタジオ作業を始める(次作は2013年までリリースされなかった)。このアルバムは静かに売れ続け、MBVの名は高まっていった。たとえばソフィア・コッポラ監督が東京を舞台に撮った映画『ロスト・イン・トランスレーション』(03年)で、シールズは共同で音楽担当をつとめた。西新宿の高層ビル街に「このサウンド」が似合うことを、インディー音楽ファンならだれでも知っていたからだ。

 

次回は61位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

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究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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