第五回 武者小路実篤「友情」
関取花の 一冊読んでく?

ryomiyagi

2020/11/06

先日、久々に六本木に行きました。関取花が六本木?なぜそんなイケてる街にお前が?と思った方、ご安心ください。ラジオの収録です。

 

私はその日、東京メトロの大江戸線に乗って六本木駅まで行きました。行くたびに思うのですが、まあなんていうかめちゃくちゃ地下。地下鉄ですから地下にあるのは当たり前なのですが、それにしても地下。長くて急なエスカレーターをこれでもかと言うほどのぼって、やっと改札に辿り着けます。華やかな景色を眺めるまでには、それなりの労力が必要なのです。

 

最近少し食べ過ぎて身体が重くなったような感覚があったので、私は張り切ってすべてのエスカレーターを歩いてのぼってみることにしました。もちろん普段だったら絶対にやりませんが、久々の六本木ということもあり変な気合いが入ってしまいました。ドミノの如く並んだ人々の背中を一つずつ追い越しながら、私は威風堂々と歩を進めました。

 

一つ目のエスカレーターをのぼりきったあたりで、足の筋肉が疲れを見せはじめているのを感じました。しかしなんのこれしき、中学生の頃はバスケ部でガンガン運動していた私です。多少の不安は抱きつつも、二つ目のエスカレーターに挑みました。

 

3分の1くらいまではまっすぐ前を向いて、こんなの余裕ですよという顔をしながらのぼれました。でも、前を見るとまだ先は長い。このエスカレーターの残り3分の2を同じペースで行くのはもう絶対に無理です。でも横にはたくさんの人がずらりと並んでいます。後ろからは、明らかに六本木慣れした感じの日焼けしたツーブロックのお兄様が追いかけてきていました。ここで諦めたら赤っ恥、私はなんとか自分を奮い立たせて二つ目のエスカレーターものぼりきりました。

 

踊り場的なところを歩いている私は、既に肩で息をしていました。普段まったく運動していないのが誰からみてもバレバレだったと思います。格好よくスイスイのぼるのはもう無理なこと確定でしたが、ここまできたらもう意地です。私は三つ目のエスカレーターにも果敢に挑むことを決意しました。

 

重い足を引きずりながらも、一段一段踏み締めるようにのぼりました。じんわりと汗が滲みはじめた背中、徐々に荒くなる鼻息、そしてどんどん上がって行く心拍数。本当にこのエスカレーターをのぼりきることができるのだろうかという不安と、単純に運動不足から来る動悸、それでも足を動かし続ける自分への感動やらなにやらで、いろんな意味で私はドキドキしていました。でもこのドキドキの果てできっと何かが得られるはず、そう信じて進み続けました。

 

そうしてついにたどり着いた改札階。大江戸線六本木駅の改札が、両手を広げて私を待っていてくれました。「お疲れ様、よく頑張ったね」「これでまたひとつ強くなったね」そう言ってくれているような気がしました。改札を無事抜けられた時は、なんだか清々しい気持ちでいっぱいでした。人として一回り成長したような気がしました。それと同時に、もう少し日頃から運動しようと思いました。

 

なんでこんな話をしたかと言いますと、先月の「関取花の今月の質問」というコーナーで、「最近ドキドキしたことはありますか?」という質問をしたからです。今回はこんなお便りが届いていました。

 

#一冊読んでく?
関取花の今月の質問:最近ドキドキしたことはありますか?

 

名前: たに
花さんのお話、いつも楽しく読ませてもらい、毎回深い感銘を受けています。そんな私は、最近新しいバイト先で知り合った女の子にドキドキしています!その子を前にするとドキドキが止まらなくなり、その子のことを考えると他のことが考えられなくなります…そんな私に恋の処方箋的な花さんのおすすめの本はありますか??また花さんは最近ドキドキしましたか??

 

たにさん、ありがとうございます。まず私が最近ドキドキしたことですが、上に書いてある通りです。ドキドキというか動悸というか…(笑)でもこれがリアルです。いわゆる胸がキュッとなるようなドキドキって、もうあれですよ、私にとっては昔話って感じです。悲しきかな、最近のドキドキというとこれくらいしか思いつきませんでした。申し訳ないです。

 

小学生か中学生の頃、テレビで極楽とんぼの加藤浩次さんをはじめて見た時、「かっこいい!」と思ってドキドキしたのは今でもよく覚えていますが、片思いとかそういうドキドキって、もういつからしていないだろう。恋はしても、歳を重ねるとどんどんそういうフレッシュな感覚じゃなくなって行きますしね……。いやあ、だからなんかいいなあ。いいなあ、たにさん!

 

人にもよると思いますが、そういう風にピュアにドキドキできる恋って、なかなかないことだと思います。だからたにさんが「いい恋だな」と思えるような、あるいはあとからそう思えるような、そういうものになればいいなと心から思います。そんなたにさんに、恋の処方箋というか、「いい恋とはこういうことだな」と私が思った本をぜひ紹介させてください。すごく有名な作品なので、もしかしたらお読みになったことがあるかもしれませんが。

 


『友情』岩波書店
武者小路実篤/著

 

武者小路実篤の『友情』です。はじめてこの本を読んだ時、読み終わってから書を閉じタイトルを再び眺めながら、その意味の深さというか真理のようなものを感じ、えらく感動したものです。

 

主人公の野島は杉子という女性に恋をするのですが、杉子は野島の親友である大宮に恋をします。野島から杉子のことで相談を受けていた大宮は、野島のことを思い杉子へは素っ気ない態度を取り続けます。その間にも野島の杉子への想いは募って行くばかり。一方で、杉子も大宮への想いをさらに募らせて行きます。大宮にも杉子への複雑な想いが芽生え始めますが、やっぱり野島との友情のことを思うと……。

 

これ以上言うとネタバレになるので言いませんが、もうとにかくこの野島、杉子、大宮の三人、みんな痛々しいくらいにそれぞれの相手に対して全力なんです。野島の杉子に対する想いも、杉子の大宮に対する恋心も、野島と大宮の互いへの尊敬も、友情も。彼ら以外の登場人物の感性は割とライトに描かれているので、余計に彼らのまっすぐさと不器用さが際立っているのも面白く、物語というかこの三人に自然と引きこまれてしまいます。もしかしたら彼らは、現代でいうところのやや「重い」タイプなのかもしれません。でも、誰かを想うということはそれほどのことなのだと教えてくれます。

 

「ともかく恋はばかにしないほうがいい。人間に恋という特別のものが与えられている以上、それをばかにする権利はわれわれにはない。それはどうしてもだめな時はしかたがない。しかしだめになる所までは進むべきだ。恋があって相手の運命が気になり、相手の運命を自分の運命とむすびつけたくなるのだ。」

 

これは物語の前半に出てくる大宮のセリフです。とてもいい言葉ですよね。たかが恋、されど恋なのです。だからこそ恋は、それ以上の何かを私たちに与えてくれるのです。

 

彼らは三者三様、恋というものの美しさと恐ろしさに真っ向から挑みました。そして全力で葛藤し、苦しみ、時に喜びを感じました。本を読み進めて行くと、それらの経験は明らかに彼らを人として豊かにしたことがわかります。友を思うことや、仕事への情熱、いろんなことに繋がって行くのです。「いい恋」とはつまり、その人を成長させてくれる出来事の一つ。そういうことなのだと私は思いました。野島、杉子、大宮は間違いなく「いい恋」をしました。だからこの本の終わりは、切なくも非常に清々しい風が吹いています。もしまだお読みになっていなかったら、ぜひ読んでみてください。

 

ここまで恋について散々書きましたが、私は恋がすべてとは思いません。恋がなくても生きていける人だってたくさんいるし、きっと豊かな人生を送ることはできます。でもせっかく恋をしたのなら、彼らのように「いい恋」をしてほしいなと思います。思いきり挑んで、楽しんで、不安になって、期待をして、心臓が口から飛び出そうなくらい毎日ドキドキしてください。そしてその先で、どんな形であれ想像以上の自分と出会ってください。たにさん、どうか「いい恋」を!

 

 

引き続きみなさんからの質問、メッセージも募集しております。

 

#本がすき
#一冊読んでく

 

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関取花

関取花

1990年生まれ 神奈川県横浜市出身。
愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けるソロアーティスト。
NHK「みんなのうた」への楽曲書き下ろしやフジロック等の多くの夏フェスへの出演、ホールワンマンライブの成功を経て、2019年ユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。ちなみに歌っている時以外は、寝るか食べるか飲んでるか、らしい。
ラジオと本をこよなく愛する。
神奈川新聞と、いきものがかり水野良樹さんのウェブマガジン「HIROBA」にてエッセイも執筆中。 2020年11月、初の著書となるエッセイ集『どすこいな日々』(晶文社)を上梓。
2021年 3月、 メジャー1stフルアルバム「新しい花」発売。

関取花ホームページ https://www.sekitorihana.com/
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