戦争中の欺瞞作戦とは何か?
高橋昌一郎『<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!』

現代の高度情報化社会においては、あらゆる情報がネットやメディアに氾濫し、多くの個人が「情報に流されて自己を見失う」危機に直面している。デマやフェイクニュースに流されずに本質を見極めるためには、どうすればよいのか。そこで「自分で考える」ために大いに役立つのが、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」である。本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「思考力を鍛える」新書を選び抜いて紹介し解説する。

 

戦争中の欺瞞作戦とは何か?

 

吉田一彦『騙し合いの戦争史』(PHP新書)2003年

 

連載第8回で紹介した『株・手形・不動産「騙し」の手口』に続けて読んでいただきたいのが、『騙し合いの戦争史――スパイから暗号解読まで』である。本書をご覧になれば、いかに戦争において「欺瞞作戦」が重要な意味を持つか、国家間で繰り広げられる「壮大なペテン」やスパイの活躍、現代のハイテク戦争の実態などが明らかになるだろう。

 

著者の吉田一彦氏は、1936年生まれ。神戸市外国語大学外国語学部卒業後、大阪大学大学院博士課程修了。現在は神戸大学名誉教授。とくに第二次大戦とそれ以降の情報戦略の研究で知られ、『情報で世界を操った男』(新潮社)や『暗号戦争』(小学館)など著書・論文も多い。

 

1942年6月、ドイツ軍のエルヴィン・ロンメル装甲軍司令官は、北アフリカ戦線でイギリス軍に連戦連勝し、その驚異的な戦果に感激したヒトラーは、53歳のロンメルをドイツ軍史上最年少の「元帥」に任命した。敵の意表を突いて進撃するロンメルの戦術は、連合軍においても高く評価され、彼は「砂漠の狐」の異名で知られた。イギリスの首相ウィンストン・チャーチルでさえ、ロンメルを「ナポレオン以来の戦術家」と評するほどだった。

 

1942年8月、ドイツ軍の軽装備歩兵師団の仕掛けた地雷原に、地雷で破壊された一台のイギリス軍連絡車両が発見された。車内にはイギリス軍将校の死体とカバンがあり、その中に地図が入っていた。その地図には、ドイツ軍が喉から手が出るほど欲していたイギリス軍統治下の砂漠の地質状態が記されていた。

 

ドイツ軍の戦車部隊は、その地図に記された硬い地質の上を意気揚々と進軍したところ、次々と土砂の軟弱な砂地に埋まり込み、立ち往生してしまった。大量の戦車は、進むことも引くこともできないまま、イギリス陸軍の対戦車砲に狙い撃ちにされた。この敗戦をきっかけにロンメルの連勝神話は崩壊し、ドイツ軍は北アフリカを放棄して撤退する結果となった。

 

カラクリがおわかりだろうか。実は、地雷原に放置されていた地図は、イギリス軍の「欺瞞作戦」の工作品だったのである。地図に描かれていた砂漠の地質の硬軟状態は、硬い地質と柔らかい地質が、事実とは正反対に記されていたのである!

 

1944年になると、連合軍がいつどこへフランス上陸を仕掛けてくるかが、ヒトラーの最大の関心事になった。地理的な条件から、上陸地点は「パ・ド・カレー」か「ノルマンディー」の2地点のどちらかに絞り込まれた。もしドイツ軍が主要部隊を上陸地点に配置できれば、連合軍の上陸を阻む可能性は高まり、第二次大戦の結末も大きく変わったかもしれない。

 

そこで連合軍は、ドイツ軍に上陸地点をパ・ド・カレーと思わせるため、大掛かりな「欺瞞作戦」を実行した。この「壮大なペテン」は、「嘘のボディ・ガードで守りを固めなければならない」というチャーチルの発言から、「ボディ・ガード」という暗号名で呼ばれた。

 

連合軍は、イギリスのケント州とエセックス州に、大規模な架空の「アメリカ第一軍師団」を創作した。司令官には「パットン大戦車軍団」で有名なジョージ・パットン将軍を任命。露営地に多くの建物を配置し、張りぼての戦車や車両を多数並べ、テムズ川には無数の上陸用舟艇を浮べた。上空から撮影したドイツの偵察隊は、その陣容に圧倒されたという。

 

パットンの師団司令部は、イギリスに潜り込んでいるドイツのスパイから怪しまれないように、イギリス各地の師団に大量のメッセージを無電で送信した。連合軍に寝返った二重スパイは「上陸地点はパ・ド・カレーに違いない」とドイツに打電した。航空機による上陸前爆撃もパ・ド・カレーにはノルマンディーの2倍行うほど、連合軍の欺瞞作戦は徹底していた。

 

この作戦に騙されたヒトラーは、1944年6月6日に連合軍がノルマンディー上陸を開始し、その後1カ月が過ぎても、ドイツ軍最強の機甲師団をパ・ド・カレーに配置したままだった。

 

「欺瞞」に付随した言い回しにも芳しからぬ語感が漂っている。「裏をかく」「出し抜く」「陰で工作する」「誘導する」等々である。しかし、生きるか死ぬかといった危急存亡の場面においては、正々堂々たることが必ずしも美徳とはいえず、人知の限りを尽くし虚々実々の対応が求められる所以である。個人間の問題はともかくとして、少なくとも国家間の関係においては、騙す側よりも騙される側が悪いという現実がある。事後に卑怯だと叫んでみても既に後の祭である。(P.296)

 

欺瞞作戦とは何か、戦争になればどれほど「吐き気を催すような」ダーティな戦術が用いられるかを理解するためにも、『騙し合いの戦争史』は必読である!

<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)

國學院大學教授。専門は論理学・哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』(講談社現代新書)、『反オカルト論』(光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など。情報文化研究所所長、JAPAN SKEPTICS副会長。
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