悪意のコミュニケーションとは何か?
高橋昌一郎『<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!』

現代の高度情報化社会においては、あらゆる情報がネットやメディアに氾濫し、多くの個人が「情報に流されて自己を見失う」危機に直面している。デマやフェイクニュースに流されずに本質を見極めるためには、どうすればよいのか。そこで「自分で考える」ために大いに役立つのが、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」である。本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「思考力を鍛える」新書を選び抜いて紹介し解説する。

 

悪意のコミュニケーションとは何か?

岡本真一郎『悪意の心理学』(中公新書)2016年

 

連載第15回で紹介した『あざむかれる知性』に続けて読んでいただきたいのが、『悪意の心理学――悪口、嘘、ヘイト・スピーチ』である。本書をご覧になれば、なぜ「嘘、皮肉、偏見、差別」などの「悪意」が生まれ、「問題発言、悪口、クレーマー、ヘイト・スピーチ」に暴走するのか、それらに対してどのような対策が考えられるか、明らかになってくるだろう。

 

著者の岡本真一郎氏は、1952年生まれ。京都大学文学部卒業後、京都大学大学院文学研究科博士課程修了。現在は愛知学院大学心身科学部教授。専門は社会心理学。とくに言語表現の状況的使い分けに関する研究で知られ、『ことばの社会心理学』(ナカニシヤ出版)や『言語の社会心理学』(中公新書)などの著書・論文がある。

 

さて、2011年3月11日14時46分、マグニチュード9.0の「東北地方太平洋沖地震」が発生した。日本周辺における観測史上最大の地震である。この地震に伴い、東京電力福島第一原子力発電所事故をはじめとする大規模な「東日本大震災」が全国各地で生じた。

 

当時の大阪では、橋下徹知事が、大阪府庁を、地上55階の超高層ビルにある咲洲庁舎へ全面移転する方針を掲げていた。ところが、大震災により、咲洲庁舎ではエレベーター全32基中26基が緊急停止し、ワイヤロープの絡まった4基に5人が5時間近く閉じこめられた。その後、防火戸の破損、天井や床の亀裂など、ビル内に360カ所もの損傷が発見された。

 

もともと大阪府議会には、防災拠点として難がある超高層ビルに府庁を全面移転すべきでないという意見も多く、その代表格が府議会議長の長田義明氏だった。3月20日、次期大阪府議会選挙に立候補するために事務所を開いた長田氏は、「大阪にとって天の恵みというと言葉が悪いが、本当にこの地震が起こってよかった」と演説中に発言してしまった。

 

この発言が「不適切」で「非人間的」だという非難が、全国から殺到した。長田氏は、慌てて21日に謝罪したが、23日には自民党府議団から公認を取り消され、4月10日に無所属で出馬した府議会選挙では落選した。2013年1月、長田氏は心不全のため逝去した。

 

東日本大震災直後の2011年3月14日、石原慎太郎東京都知事は「この津波をうまく利用して、我欲を一回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う」と発言。9月9日、福島第一原発から半径20キロ地域を視察した鉢呂吉雄経済産業大臣は「市街地には人っ子ひとりいない、まさに死の街という形だった」と発言。2013年6月17日、高市早苗自民党政調会長は「第一原子力発電所の事故を含めて死者が出ている状況ではない」と発言。

 

読者は、これらの「公人」の発言を改めてご覧になって、どのように思われるだろうか。

 

岡本氏は、「公人の問題発言」には次のような共通点があるという。(1) 発言内容が誰かを傷つけることへの自覚が乏しい、(2) その場の聴衆だけを念頭に置いて、発言がマスメディアやインターネットで拡散される可能性を考えていない、(3) その場で「受ける」ことを目的に、つい話を大袈裟に盛ってしまう、(4) 批判されると、全体の文脈を見てほしいと弁解することが多いが、被害者は具体的な「言い方」によって傷つけられる点を理解できていない。

 

「公人の問題発言」は、枚挙に暇がない。2007年7月19日、麻生太郎外務大臣は「7万8千円と1万6千円のどっちが高いか、アルツハイマーの人でもわかる」と発言。2010年2月22日、石井一参議院議員は「鳥取県とか島根県ちゅうたら、まあ日本のチベットみたいなもんで、人が住んどるのか牛が多いのか」と発言。安倍晋三総理大臣に至っては、「問題発言」などという以前に過去の本人の発言と完全に矛盾した発言を幾らでも見つけることができる。

 

「問題発言」した加害者には、問題を正しく認識し、誤りを誠実に認める「謝罪」が求められる。ところが多くの政治家は「お気持ちを傷つけたとすれば」や「そう思わせたとしたら」のような「言い方」で責任を回避しようとする。そこで、さらに国民の信頼を失うのである。

 

コミュニケーションにはマイナスの側面もある。誰かをことばによって不快にさせる、傷つける、差別する、騙す、など……。ことばとコミュニケーションが存在するゆえに、日々多くの被害者、犠牲者が生み出されることになる。コミュニケーション手段の多様化は、こうした傾向を増大させているともいえよう。本書では、こうしたコミュニケーションにおける負の側面に着目する。(P.iii)

 

なぜコミュニケーションに「ダークサイド」が生じるのか、自分自身が加害者にも被害者にもならないようにするために、『悪意の心理学』は必読である!

<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)

國學院大學教授。専門は論理学・哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』(講談社現代新書)、『反オカルト論』(光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など。情報文化研究所所長、JAPAN SKEPTICS副会長。
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