なぜ人は悩むのか?
高橋昌一郎『<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!』

bw_manami

2019/09/15

現代の高度情報化社会においては、あらゆる情報がネットやメディアに氾濫し、多くの個人が「情報に流されて自己を見失う」危機に直面している。デマやフェイクニュースに惑わされずに本質を見極めるためには、どうすればよいのか。そこで「自分で考える」ために大いに役立つのが、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」である。本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「思考力を鍛える」新書を選び抜いて紹介し解説する。

 

なぜ人は悩むのか?

 

市橋伯一『協力と裏切りの生命進化史』(光文社新書)2019年

 

連載第25回で紹介した『2045年問題』に続けて読んでいただきたいのが、『協力と裏切りの生命進化史』である。本書をご覧になれば、なぜ協力関係があるところには必ず裏切りが生じるのか、生命の進化における協力と裏切りとは何か、それがどのように現代人の悩みと関連しているのか、明らかになってくるだろう。

 

著者の市橋伯一氏は、1978年生まれ。東京大学薬学部卒業後、同大学大学院薬学系研究科博士課程修了。大阪大学准教授を経て、現在は東京大学大学院総合文化研究科教授。専門は生物物理学・進化生物学。試験管内でRNAの複製酵素を進化させる実験系を構築。国際的に活躍する新進気鋭の生物学者であり、専門論文は数多い。

 

次のようなゲームを考えてほしい。2人でペアになってジャンケンをしてもらうのだが、このジャンケンには「チョキ」がない。合図と同時に2人に「パー」か「グー」のどちらかを出してもらう。これを5回繰り返すだけの簡単なゲームである。その組み合せに応じて、私から2人に賞金をプレゼントする(という想定である)。

 

もし2人とも「パー」であれば各々に1万円ずつ、2人とも「グー」であれば各々に3万円ずつをプレゼントする。もし一方が「パー」で他方が「グー」であれば、「パー」の人には5万円をプレゼントするが、「グー」の人には何もあげない。

 

参加者は、少しでも多くの賞金が欲しいものとする(賞金に無関心な大金持ちはいないものとする)。もし読者が参加したら、どのような戦略を立てるだろうか?

 

実際にこのゲームを大学の大教室で実施すると、いろいろと興味深いことがわかってくる。たとえば、一定数のペアは2人とも15万円を獲得するが、これは仲の良い2人が5回続けて「グー」を出し続けたからである。この2人の賞金は合計30万円になるが、実はこれが、2人が私から獲得できる賞金の最大値なのである。

 

その流れで5回目だけ「パー」を出せば当人は17万円に増えるが、「グー」を出した相手は12万円に減る。「キャー、裏切り者!」と叫ぶ声が聞こえる。最後に相手を騙そうとして2人とも「パー」を出すと、2人とも賞金は13万円に減って、互いに照れ笑いする。2人で「パー」を出し続けて5万円しか貰えない破綻ペアもいる。

 

このゲームは「囚人のジレンマ」状況と同じ構造で、「グー」と「パー」は「協力」と「裏切り」を表している(「囚人のジレンマ」については、連載第21回で紹介した拙著『理性の限界』に詳しいのでご参照いただきたい)。このゲームで相手の思わぬ「裏の性格」がわかることもあるので、読者にもお楽しみいただけたらと思う。

 

さて、本書の特徴は、この「協力」と「裏切り」という観点から生命の進化を見直した点にある。ヒトが60兆個の細胞から構成されているように、生命とは「協力の産物」である。ところが、ゲームで「パー」を出して得をしたい人間がいるように、体内でも栄養分だけを吸収して勝手に増殖する「がん細胞」のような裏切り者が生じる。その裏切り者を排除するために、免疫細胞が「協力」しているのである。

 

このような進化の話が、「なぜ人は悩むのか」という問題と、どのように関係しているのか? 市橋氏によれば、「生物の進化を理解するといいことは、人生のたいていの悩みはどうでもいいことだと思えるようになること」なのである。

 

たとえば「働きたくない」のは「栄養を浪費したくない」から、「お金がほしい」のは「栄養や子孫がほしい」から、「嫌われたくない」のは「ヒトが協力することで生き延びてきた」からである。つまり、これらの悩みは「すべて生物がこういうことを気にするように進化してきたことが原因」だというのである!

 

“生物進化のことを理解すれば、死にたくないとか働きたくないとか、みんなと仲良くしたいという価値観は祖先から与えられたもので、特に現代に生きる私たちが従わなければならない義理はないことを理解できます。先祖から受け継いだ本能に従うも従わないも私たちの自由です。私たちは私たちの進化の歴史を理解した上で、何が悩むに値することかを自分で決めたらいいのです。(P.229)

 

40億年の生命の進化に内在する「協力」とは何か、進化の「共同体」の一部としての人間の意味を理解するためにも、『協力と裏切りの生命進化史』は必読である!

<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)

國學院大學教授。専門は論理学・哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』(講談社現代新書)、『反オカルト論』(光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など。情報文化研究所所長、JAPAN SKEPTICS副会長。
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